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翌朝、トリステイン魔法学院は騒然としていた。 学院長室に、『破壊の杖領収いたしました』と書かれたメモ書きが発見されたのだ。 オスマン氏は急いで『宝物庫』を開けると、『破壊の杖』はものの見事に消えうせていた。 「ミセス・シュヴルーズ!当直はあなたなのではないですか!」 「そうは言ったって!あなた達だってまともにしてないでしょう!?」 責任のなすりあいをしている教師達を尻目に、オスマン氏は考えていた。 (フーケはどういった方法で侵入したんじゃろうか?) そのとき、ミス・ロングビルが現れた。 「ミス・ロングビル!どこに行っていたんですか!大事件ですよ!」 ミセス・シュヴルーズが食って掛かる。明らかに責任転嫁する気マンマンである。 「申し訳ありません。そのことで調査してまいりました」 「なんですと!」 ミスタ・ギトーが応じる。 しかし、ミス・ロングビルはそれを無視し、オスマン氏に報告を続けた。 「それと、ミス・ヴァリエールの使い魔が、今回の件について話があるようです」 オスマン氏は頷いた。 「そうか。分かった。使い魔君をこれへ」 ブチャラティと、露伴、ルイズ、それにキュルケとタバサも入ってきた。 「ん?何じゃ君達は。なぜ一緒に来た?」 「使い魔のことは主人が知る義務があります」 「ホホホ、…ミ、ミス・ヴァリエールの付き添いですわ!友人ですもの!」 「…同じく」 「まあいいわい。で、話とやらは?」 (ミス・ツェルプストーはなんであんなにあせっているのかのう?) 「昨日、『宝物庫』の扉を開けたのは俺だ」 キュルケの、「黙っときなさいよバカ!」というジト目を尻目にブチャラティは続ける。 「ルイズの『魔法』に、なにか為になるようなものがないかと思って入ったが、そのとき『土くれのフーケ』とやらにも一緒に侵入されたようだ。 すまない。できるだけ責任はとろうと思う」 「ななな、アンタ…えぇ~~~!!!」 「聞きましたか!この男が悪いんですわ!」 「学院長!この男を処刑しましょう!」 教師達が騒ぎ出す。 (ミス・ヴァリエールは初耳だったようだのう。) (なるほど。納得がいったわい) オスマン氏は自分の疑問に決着をつけると、全体に渇をいれた。 「黙れ!皆の者!」 とたんに静かになる。 「使い魔君の処置はワシが後で考えておく。それよりもじゃ。 今はフーケと『破壊の杖』の行方を捜すのが先決じゃ」 「そのことですが、オールド・オスマン。フーケの居場所が分かりました」 「何じゃと?」 「はい、近所の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった 黒ずくめのローブを見たそうです。 おそらく、彼はフーケで、『破壊の杖』もそこにあるかと」 「そこは近いのかね?」 「はい」 「ならばこうしよう。使い魔君たちに『破壊の杖』を取り返してきてもらおう。 それで『宝物庫』に侵入した件はチャラじゃ」 教師達が騒ぎ出す。明らかに不満そうだ。 「そんな!」 「それでは示しがつきません!」 「では誰か捜索に行くかね?志願者は杖を上げい」 抗議の声がぴたりとやむ。誰も杖を上げないようだ。 「やれやれ…」 いや、いた。ミスヴァリエールである。 「使い魔の責任は主人の責任でもあります」 そのうちにミス・ツェルプストー、ミス・タバサも杖をあげた。 「タバサ、あんたはいいのよ、関係ないんだから」 「心配」 「何を言っているルイズッ!これはとても危険なんだぞッ!」 誰よりも先にブチャラティが叫ぶ 「使い魔とメイジは一心同体でなければならないの! アンタには分からないだろうけどッ!」 そういい捨ててルイズはさっさと出て行ってしまった。 露伴が他人事のように発言する。 「おい、ありゃ連れて行くしかないようだな」 「……お前が言うなよ…」 五人はミス・ロングビルを案内役に、荷車の馬車で出発した。 御者はミス・ロングビル自身が行っている。 「ミス・ロングビル…手綱なんてロハンあたりにやらせればいいじゃないですか」 「いいのです。私はすでに貴族ではないのですから」 「差し支えなければ、事情をお聞かせ願いたいわ」 ルイズたちがミス・ロングビルとの話しに夢中になっている隙に、ブチャラティは露伴にメモを差し出した。 「オイ、君ハイタリア語ガ書ケルカ?」 露伴が別のメモで返す。 「アア、大丈夫ダ」 「先ホドノ彼女ノ話ナンダガ…ドウ思ウ?」 「ドウモ『ウソ』クサイナ…『土クレノフーケ』は今マデ正体スラホトンド分カッテイナイ凄腕ノ盗賊ダ。アマリニモ証拠ヲノコシスギル… ソノ農民トヤラモ警戒スル必要ガアルナ」 「『証言ソノモノガ真実カドウカ』モナ」 「ドウイウコトダ?」 「オレハ彼女ガ怪シイト思ッテイル」 露伴がミス・ロングビルの方を見ると、 全員が会話をやめ、二人を見ていた。 「あんた達!また私に内緒で!何してたの! 内容を吐きなさい!」 「い、いや…雑談だって…」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ… 「お、おい…戦闘があるかも知れないのに魔法を使うのはよせッ!」 「うるさい」 ルイズがファイアーボール(失敗)を唱える。 「「『空気』が!『火』を吹いたッ!」」 吹っ飛ぶ二人。馬車から地面へと落下していく… 「やりすぎよルイズ!」 「なに?あの爆発…」 一行は廃屋を前にして、近くの森の茂みに身を隠していた。 馬車はここからかなり遠くのところに隠してある。 『土くれ』のフーケにバレるのを防ぐためだ。 「君の情報が正しければ、『土くれ』のフーケはあの中にいるな」 生傷の残るブチャラティはミス・ロングビルに話しかけた。 治療はタバサにしてもらったが、完全には直りきってないようだ。 「はい。おそらく『破壊の杖』もあそこにあると思われますわ」 「分かった。ではこれから作戦を指示する」 「ちょっとブチャラティ!何でアンタが仕切ってんのよ!」 「別にいいじゃない。ルイズ。ダーリン、とても強いんだし」 「彼に従ったほうが、得策」 「…まず、俺を含めた少数のものがあの小屋を偵察する」 「で、状況に応じて戦闘を行うか盗み出すかするから、残りのものはここに潜んで待機していてくれ」 「それと、今回の最大の目的は『破壊の杖』をGetすることだからな。 『土くれのフーケ』を倒すことじゃない。その辺を間違えるな」 「何でよ!」 ルイズは不満そうだ。 「戦闘になった場合、ここに潜んでいる者たちが支援してくれ。 十中八九、戦うことになるだろーからな…」 「まあ、そういうことならいいわ」 「そんなことより、ダーリン。あなた大丈夫?」 「いや、大丈夫だキュルケ。戦闘能力に支障はない」 「それより偵察を行うメンバーだが…」 「露伴。いいか?」 「ああ」 「それと…ミス・ロングビル。君にはぜひ来てもらいたい」 「え?私?」 「そう、君だ…」 「君は確か『土』系統のメイジだったな… 前にルイズの部屋の修理をしてくれた…」 露伴が先を続ける。 「『土くれのフーケ』は巨大なゴーレムを作るって言うじゃないか? そういう場合、君のように同じ『土』系統のメイジがいると何かと便利だと思うぞ?なあブチャラティ?」 「ああ…」 「わ、分かりました…」 「私も行く…」 「タバサ。君は『治癒』の魔法を使いすぎた。 僕は、個人的にはここでサポート役に徹してほしい」 「分かった。待機する…」 小屋の中には誰もいなかった。 小屋自体は雑然としていたが、 中央に『M72ロケットランチャー』が鎮座していた。 「ありましたわね…」 ミス・ロングビルがそれを取ろうとすると、露伴がさえぎった。 「どれだ?」 「え?あなた知ってるはずでしょ…」 (しまった!) 「おやァ?何で『僕』が『破壊の杖』を知ってると思ったのかなぁ?」 「だって…えと、ブチャラティさんがオスマン氏に『宝物庫』に入ったって言うし… そのときに見たと勝手に自分で思い込んだんですわ!」 (ヤバいッ!こいつらッ!私を疑ってやがるッ!) 「そいつはおかしいな… 俺は『宝物庫を開けて入った』といったが、『ロハンも一緒だった』とは 一言も言ってないぜ…」 「まあ、バラしてしまえば僕も『宝物庫』にはいっているんだがね… それでも『なんで君は僕が破壊の杖を知っていると思った』のかなぁ? もしかして…実際に触っているのを『見た』とか…?」 「い、いえ。ブチャラティさんもロハンさんも同じミスヴァリエールの使い魔でしょう? いつも一緒にいると思ったのですわ!」 (まだよッ!正体をばらすようなマネは…何とかして『露伴』と『ブチャラティ』を引き離さないと… 生身の私にとってはブチャラティの『能力』はヤバ過ぎる!) 「こいつは…調べる必要があるな…」 「ああ…」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ… (ヤバイッ) 「二人とも?ちょっと、やめて!近寄らないで!」 ミス・ロングビルはおびえた用に後ずさりしながら、小屋にあるものを手当たり次第に二人に投げつけ始めた。 いや、彼女は本気でおびえていた。 「おとなしくしろ。でないと…『拷問』する羽目になる…」 「キャァアアアアア!」
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ギーシュ・ド・グラモンは武門の生まれである 父も、長兄も次兄も三兄も、常に戦の先頭に立って活躍している 「生命を惜しむな、名を惜しめ」とは 幼い頃から父に聞かされてきた家訓であった そして、今ここで彼は 「…ぐ、ううっ」 腰が引けていた ために一歩出遅れたのが彼の幸運であったのだろう 召喚したての使い魔、大モグラ(ジャイアント・モール)のヴェルダンテを あのおかしな平民にけしかけずにすんだのだから 向かっていった使い魔のことごとくがブッ飛ばされたのを見て 彼のファイティングスピリットはさらにくじけていた (冗談じゃあないぞ… なんなんだあれはぁぁぁ~~ 戦列艦が服着て歩いているのかぁぁ~~ッ 無理、絶対無理ッ あんなの勝てない、近寄りたくもないッ) 心の叫びが顔に出る 必死に隠したところでバレバレ 彼はそういう男だった だが そっと後ろを見る おびえ、ふるえる愛しい女子生徒達が告げていた 今こそグラモンの武勇を見せよと 「く、く、くぅッ…」 (くそぉぉ~~ッ 行くしかないのかぁ~~ッ ぼくが一体何をしたっていうんだぁ~~ッ) 彼はナンパ男だった しかも無類のミエッ張りだった ドバァッ しかし、流れる冷汗はやっぱりウソをつかなかった 足下の震えは武者震いだと自分で自分に言い張っていた 「およしなさいな」 後ろから呼ばれて振り向くと、額の汗がボダタァッと芝生に滴った そこにいたのは褐色肌のボンッキュッバンッ キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー グンバツのボディーを持つ女ッ!! 「ととと止めないでくれたまえよ、ミス・ツェルプストー ご婦人には、きッききき危険すぎるッ」 「逃げなかったのはホメてあげるけど、あなたのそれは『無謀』よ、タダの…」 「ぶっ侮辱はやめてもらおうッ!! このボクとて武門のはしくれッ 惜しむ生命などッ」 「はいはい、ゴタイソーな前口上はいいから下がってなさい …勝ちたいんでしょ?」 「あるのか勝算がッ!?」 「落ち着いて観察なさい」(つーかナンもカンガえてなかったのねアンタやっぱり) キュルケは鳥の巣頭を指し示す 生徒用の、教鞭状の魔法の杖の先端で ドッ ガズッ ドバ ちょっとだけタフな使い魔達が最後の戦いを挑んでいたが 全員コロリと昼寝するのは時間の問題だった 「見てわからない? あいつを中心に半径2メイルか3メイル」 キュルケの眼には見えていた 鳥の巣頭を中心とした、キレイな球形のシルエットが 最初にたくさん襲いかかっていったとき すでに観察を終えていたのだ 「アッ!!」 ギーシュにも、今見えた 鳥の巣頭がわざわざ相手に「走り寄った」のをッ 「1(アン)」 人差し指を立て、数字の1を示すキュルケ 「あいつは遠くの敵を殴れない」 次に別方向を示す まずは衛兵の方向を、続いてルイズの胸元を 衛兵の兜は頬と醜く混ざり合い、ルイズのマント留めもまたオカシな形に変わっていた キュルケは人差し指に加え中指を立てる 「2(ドゥー)、あいつに殴られたものは変形する」(リクツはゼンゼンサッパリだけど) 「ちょっと待て、ミス・ツェルプストー」 ブワァッ ギーシュの冷汗はスゴイ勢いで復活していた 改めて鳥の巣頭が恐ろしかった 「それは、つ、つまり……こういうことじゃあ、ないのかい 『殴られたら終わり』」 「ええ、その通り でも、『殴られなければいい』とも言えるわよね」 キュルケも決して恐ろしくないわけではなかった だが彼女の中で勝算は限りなく100%に近づいていた 「『殴られなければいい』だって? キミの目は…フシ穴なのかい?」 「あら、どうして?」 ビシイッ ギーシュは鳥の巣頭を指さしたッ 「あいつを見ろよ 怒ってるぞ――ッ 女王陛下のドレスの裾を踏んづけても気づかないくらい怒ってるぞ――ッ」 ムッ!? 鳥の巣頭は直感的に気がついた 誰か自分を指さした 笑われたような気がする ムカつく ぶっ飛ばす!! ズザザッ 駆け足ッ ギーシュの目の中で鳥の巣が次第に巨大化してくるッ 「ま…待て、こっちに、こっちに来るぞッ あんなのをキミはどうするつもりなんだぁぁ―――ッ」 「いいから落ち着きなさいな、みっともない…」(どうみてもアンタのせいでしょアンタの) 「これが落ち着いていられるかッ 父上、母上、兄上、ああっ先立つ不孝をお許し下さいッ」 ギュッ 胸元に指を組むギーシュは始祖プリミルの元に予約席を取りに走っていた ドドドドドドドドド 迫り来る死神 その名は鳥の巣ッ キュルケは他人事のように赤い髪を掻き上げ、 魔法の杖の先端を右手人差し指でピンピン弾いていた 「あなた、そんなにアレが恐ろしいの」 「恐ろしいさッ 怖いに決まってるだろ――ッ」 「でも安心なさい、もう恐れることはないわ」 「えッ なんでッ!?」 ビククゥッ 思わず縮めた身を伸ばし、キュルケの顔を見るギーシュ 自信満々の表情に今すぐ答えを求めていた 「なぜなら」 「な、なぜなら?」 グワッ キュルケの杖がピンと跳ねた瞬間に炎の塊が飛んでいく 鳥の巣頭に寸分違わず飛んでいく 「鳥の巣頭」に飛んでいく そして ボソァッ ボロッ ドザァッ 「…3(トロワ)!!」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「私がもっと怒らせるからよ、ギーシュ・ド・グラモン」 炎の塊は頭上をそれて飛んでいった 「鳥の巣頭」の前半分が、かすれた炎にえぐり取られて消えていた 今やそれは鳥の巣ではなく、前に飛び出たボンバーヘッドであった 「…う、うう、ウソ、ちょ、マ、マジ、そ、そんな ば…ば、ば…バカなぁぁ―――――ッ!?」 呆然とする鳥の巣男を前に、ギーシュの絶叫だけが響いた 「さぁて―――手合わせ願おうかしら? この、微熱のキュルケがッ」 ドンッ 決闘の手袋を叩きつけるがよろしく、 キュルケが前に、進み出たッ 3へ
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前ページ次ページ無情の使い魔 「待ちなさい!」 そこへやってきたのは、今まで教室で泣き崩れ、今になって食堂へとやってきたルイズだった。 騒ぎの原因は他の生徒の話によると、ギーシュが落とした香水の瓶をシエスタが拾い、それによって彼が一年の女子と同級生のモンモランシーとで二股をかけていたのがバレてしまった。 そして、その責任を瓶を拾ったシエスタに擦り付けようとしたら桐山が介入し、あろう事かギーシュを殴り倒してしまった事でここまで騒ぎが発展してしまったという。 「ギーシュ! 馬鹿な真似はやめて! 学院での決闘は禁止されているはずでしょ!?」 「それは貴族同士の話だよ。使い魔とではない」 鼻で笑うギーシュはさらに続け、 「君の使い魔の躾がなっていないから、この僕が代わりに躾けてやろうというんだ。少しは感謝してもらいたいね」 そう言って食堂から去っていった。 唇をかみ締めるルイズは未だに平然と立ち尽くしている桐山の方を振り返り、彼に詰め寄る。 「あんた、何を勝手な事やってるの! 貴族であるギーシュを殴り倒すなんて!」 「あ、ああ……キリヤマさん。申し訳ありません……わたしのせいで、こんな事に……」 ルイズが喚き散らし、シエスタが泣き崩れて詫びているがやはり桐山は全くの無表情である。 すると、桐山は持っていた本をシエスタに手渡す。 「ヴェストリの広場はどこだ?」 彼が発した言葉にシエスタは蒼白になり、首を横に振る。 「いけません、キリヤマさん! 貴族と決闘なんかしたら、殺されてしまいます!」 「主人の許可もなく、そんな事をするのは許さないわ!」 しかし、桐山はすぅと目を閉じ、二人を無視して食堂を後にしていく。 慌ててその後をルイズは追った。 「ちょっと、どこへ行くの!」 「ヴェストリの広場を探す」 即座に返され、ルイズは唖然とした。桐山はやる気だ。 彼は怒りや屈辱などといった感情を抱いている訳でもない。なのに、何故決闘を受けようとするのか。 「貴族に平民が勝てる訳ないじゃない! そんな事は許さないわよ!」 桐山の正面に立ち塞がり、必死に叫ぶルイズ。 メイジである貴族には魔法があるのだ。対して、桐山は明らかに平民。勝算は無きに等しい。 「ちょっと……!」 桐山はルイズの脇を通り、さっさと立ち去ってしまう。 桐山は他の生徒達が自分を見つつ血相を抱えて移動するのを見て、 その方向からヴェストリの広場の場所を勘で推測し、そこへと辿り着いていた。 「諸君、決闘だ!」 ヴェストリの広場にギーシュは薔薇の造花を模した自らの杖を掲げ高らかに宣言をする。 集まってきた群集から歓声が湧き上がる。 「逃げずに来たとは、その勇気は褒めてやろう!」 目の前に佇み、こちらを見つめてくる桐山に杖を突きつけるが、やはり無表情のままだ。 「何とか言ったらどうだね? ……いや、平民に貴族の礼儀を期待する方が間違っているか」 鼻で笑うギーシュ。 恐怖で声が出ないのか、とも思いたいが残念だがそうではなさそうだ。では、何も考えていないのか。 だが、どうであろうと決闘は続ける。そして、貴族の力を平民に思い知らせてやるのだ。 「あんたの使い魔、大丈夫なの?」 やってきたルイズの隣に立つのは、寮生活において隣部屋同士であるキュルケだった。 「大丈夫な訳ないでしょ。……もう、何であんな決闘なんか受けるのよぉ」 額を押さえ、ルイズは顔を歪めていた。 「でも彼、とても落ち着いてるわね」 ルイズから見れば落ち着いている、というよりは何も考えていないようにも見えた。 「だからって、平民が貴族に勝てる訳がないでしょ!」 ルイズの願いとしては、桐山がわざと負ける事によりそれでギーシュが満足してくれる事だけだった。 今、ここで使い魔を失う訳にはいかない。 使い魔が負けたと、恥をかくことになってもそれだけは避けなくては。 「あなたはどう思う?」 キュルケは自分の脇で無関心そうに本を読むタバサに語りかける。。 「結果をは見ないと分からない」 (彼……ただの平民じゃない) タバサはちらりと桐山へ視線を向けていた。 先日、ルイズが彼を召喚した時から彼から異様な威圧感を感じ取っていた。 恐らく他の生徒達はそれで恐怖などしか感じられていないだろうがタバサは違った。 (……血の臭いがする) それは祖国からの過酷な任務をこなし、時には血を流し、実戦経験が豊富なタバサだからこそ嗅ぎ取れるものだった。 あの少年は、その手を血で濡らしている。人を、殺めた事がある。 彼がここに召喚される前、一体何をやっていたのかは知る由もない。 だが、確実に彼は自らの手で、しかも事故などではなく実戦で人を殺めている。 それも一切の躊躇いも、容赦もまるで無く。 (わたしと……同じ?) 「雪風」の二つ名を持つ自分よりも遥かに冷たい、一切の感情が宿っていない凍りついた瞳……。 まるで人形のようなその瞳が、自分とそっくりに思えた。 学院長室へとやってきていたコルベールは学院長であるオスマンと会話をしていた。 春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を呼び出し、そして彼に刻まれたルーンが見た事がないものであったことを話していた。 オスマンは、コルベールが描いたルーンのスケッチを見つめた。 「あの少年の左手に刻まれているルーンは……伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じであります……」 「つまり、君は彼が伝説の使い魔、『ガンダールヴ』であると、そう言いたいのかね?」 「……まだ憶測の域を出ませんが、その可能性は大いにあります……」 普段なら何かを新しいものを発見すれば子供のようにはしゃぎだすはずのコルベールであったが、今度ばかりは様子がおかしい。 何やら、酷く思い詰めた様子だった。 「どうしたのだね? そんな顔をして。お主らしくないではないか」 「……いえ、何でもありません」 苦々しい表情のままコルベールは首を横に振る。 何か訳ありのようだ。オスマンは問いただすのを中断する。 「ふむ……。――誰かね? 入りたまえ」 その時、コンコンッっとドアがノックされた。 扉の向こうから現れたのは、オスマンの秘書ミス・ロングビルだった。 「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。 教師達は、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」 「たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい。 ……で、誰が暴れておるのかね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「あのグラモンとこのバカ息子か。血は争えんのう。……それで? 相手は誰じゃ?」 「それが……、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」 その返答とともにコルベールの顔が蒼白になった。 「いけない……! すぐに止めなくては!」 「どうしたと言うのかねミスタ・コルベール、そんなにあわてて…さすがにグラモンの馬鹿息子も平民を殺したりはせぬよ」 そうまくしたてるコルベールをなだめながらオスマンは言う 「……使い魔のことを言っておるのです。……あの少年は、普通ではない」 人を殺める事に何の躊躇もしなさそうな無情の瞳。 彼が誰かと争わなければ良いと願っていたのが早々に打ち砕かれる。 それで誰かを傷つけでもしたら……。 「私が止めてきます」 意を決したコルベールは踵を返し、学院長室を後にした。 「それで……本当によろしいのですか?」 「うむ。まあ、放っておきなさい。子供同士の喧嘩じゃ」 と、言いつつ彼女の尻に手を伸ばそうとするオスマン。 手が触れる寸前で、ロングビルの肘鉄が彼の頭に叩き込まれていた。 「僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」 しかし、やはり桐山は無言である。 構わずにギーシュは杖を振り、造花の花びらを一枚地面に落とす。 零れ落ちた花びらは光と共に、甲冑を纏った女性を模したゴーレムへと変化する。 「僕の二つ名は「青銅」のギーシュ。よって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手をするよ」 桐山はワルキューレを見て、くくっと小首を傾げていた。 ギーシュが杖を振ると、ワルキューレは桐山に向かって前進し始める。 桐山はガチャガチャと音を立てて走りこんでくるワルキューレを、そしてギーシュを交互に見比べていた。 (ふっ……一瞬で片付くな) ボーっとしていて隙だらけに見える桐山にギーシュが勝利を確信して笑みを零す。 だが、それだけではこちらの気が済まない。わざと急所を外して少し甚振ってやらねば。 自分の顔をあれだけ思い切り殴った代償を払ってもらう。正直、まだズキズキと痛む。 ワルキューレが拳を突き出し、それは桐山の顔面を強打するはずだった。 (何……!?) 確かに、その一撃は彼の顔面に入った。 しかし、桐山は顔を殴られた方向に向かって動かす事で衝撃を受け流し、全くの無傷だった。 「どうしたギーシュ!」 「さっさとやっちまえー!」 その光景を目にした多くの生徒達は桐山が無傷である事に一瞬、唖然としたが一部からそのような野次が飛ぶ。 ワルキューレはギーシュの命令により、次々と連打を繰り出す。 パンチが、蹴りが、目の前にいる平民を地に伏させるべく容赦なく繰り出されていく。 (……何故だ?) ギーシュはその光景を見て、顔を顰める。苛立ちが湧き上る。 (何故、奴は無傷なんだ?) 桐山はワルキューレの猛攻を常人とは逸脱した絶妙な、そして優雅な動きで次々と回避している。 その際、彼はかすり傷一つも負ってはいない。 そして、その間にも彼は相変わらずの無表情だった。 「……な!」 ギーシュは目を疑った。 何が、起きたのだ。 桐山がワルキューレの攻撃を体を横へ捻って回避した途端、ズガッという音と共に突然ワルキューレが大きく吹き飛ばされていたのだ。 10メイルは吹き飛ばされたワルキューレは群集達に向かって飛んでいき、彼らは慌ててそれをかわした。 そして、学院の壁に激突し、バラバラに崩れ去る。 今まで桐山の神がかりな回避に静かだった群集が、今度は完全に沈黙する。 「な、何が起きたんだ」 「いや……平民が攻撃をかわした途端に……」 「な、あいつ……何をしたの」 今、目の前で起きているのは現実だ。 先程からルイズは唖然とし、口を開けていた。 平民であるはずの桐山が常人離れした動きで攻撃をかわし、挙句の果てにゴーレムを吹き飛ばしてしまったのだ。 何をしたのか、全く見えなかった。 (あいつ……あんなに強かったの?) 驚きと共に、何故か嬉しさが生じてくる。 極めて寡黙で雑用くらいしかできない平民だと思っていたのが、まさかあれ程にまで強いなんて。 決して、役立たずな使い魔ではなかったのだ。 「……ほう、平民にしては中々やるな」 一瞬、口端を痙攣させて笑ったギーシュは杖を振り、今度は七体のゴーレムを召喚する。 「……僕も調子に乗りすぎていたようだ。本気でいかせてもらう!」 剣や槍、メイスなどで武装したワルキューレ達が佇む桐山を取り囲み、一斉に攻撃を仕掛ける。 だが、桐山の姿は忽然とその場から消えていた。 「……ど、どこに?」 ギーシュが狼狽する中、ワルキューレの一体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。 桐山はいつのまにかワルキューレが手にしていた剣を握り、囲みの外へと出ていた。 ワルキューレ達が次々と桐山に突進していく。 桐山は手にしていた剣を投げつけ、二体をまとめて串刺しにした。 倒れようとするワルキューレの一体へ瞬時に駆け寄り、その手から今度はメイスを奪い取る。 体の遠心力を活かして振り回し、一体を殴打。さらにもう一体へと衝突させた。 その背後、左右からワルキューレが武器を振りかぶって襲い掛かる。 しかし、振り下ろされた武器は桐山ではなく、彼が手にしていたメイスを捉えていた。 軽やかに蜻蛉を切り、瞬時にしてワルキューレの背後へと着地していた桐山は一体の背中に掌低を繰り出し、吹き飛ばす。 そして体を思い切り捻り、落ちていたメイスを再び拾って最後の一体の頭へと叩き付けた。 この時、光るはずであった彼の左手のルーンは、一切の光を発さず力を発揮してはいなかった。 (……すごい) あまりにも常人を逸脱した桐山の戦闘に、タバサは感嘆とした。 どんなに鍛えられた手練のメイジでもあそこまでの動きをとる事はできない。 多くの修羅場を巡ってきた自分でさえ、彼の動きは初めの一瞬だけを見るので精一杯だった。 そして、その間に垣間見ていた彼の表情は、全くの無だ。 焦りも、恐怖も、余裕も、何一つ伝わってこない。 まるで今、行っている戦闘ですら彼にとってはただ機械的にこなしているだけのようにも見え、戦慄する。 そして、タバサは感じ取った。 (……やっぱり、わたしと同じ) 「そんな……馬鹿な……」 自分の精神力の全てを注ぎ込んで作り出したゴーレムを全滅させられ、ギーシュは力なくへたり込んだ。 彼は、ただの平民。そのはずだ。 なのに、こんな事があって良いのだろうか。 あり得ない光景にギーシュは恐怖する。 「ひっ……」 ちらりと、桐山はギーシュへ視線を向けてきた。 戦闘中も全く変化のなかった表情、瞳――それを目にしたギーシュは蒼白する。 そして、即座に感じ取る。 (こ、殺される……!) 桐山はギーシュを見つめていたが、しばらくするとつかつかと歩き出し、向かってくる。 ガクガクと震えるギーシュは尻餅をついたまま、後ろへ下がる。 「ま、まいった! 降参だ!」 しかし、桐山の足は止まらない。 何故、止まらない。 ギーシュは自分がまだ杖を持っている事に気付き、それも放り捨てる。 だが、桐山は杖に目もくれる事も無く止まる様子は全くない。 何故だ。何故、止まらない。 自分はもうワルキューレを作り出す事もできない。悔しくはあるが降参もした。杖も捨てた。 それで勝敗は決まったはずだ。なのに―― そして、はたと気付く。 自分は彼に、その事を言ったか? 貴族同士の決闘の勝敗は、本来ならどちらかが降参するか杖を落とされた時。……しかし、今回はその事を一度も口にしていない。 この決闘、自分が一方的に勝つものだと思い込んでいた。だから、ルールの説明なんてしていなかった。 平民に貴族のルールを説明しても、意味などないと思っていた。 だがそれでも、自分はもう戦えない。 いくら平民の彼でもそれに気付けない程、愚かではないはず。 なのに、何故止まらない。 (逃げないと……逃げないと……) しかし、恐怖に全身を支配され、もはや立つ事はおろか動く事さえできないギーシュ。 突然、腹部に突き刺さるような激痛が走った。 「う、ぶ――」 ギーシュはその場で嘔吐し、胃にまだ残されていたものを吐き出す。 それを見ていた生徒達が悲鳴を上げる。 (痛い! ……何で、こんなに痛い! この決闘で、彼からは何も受けていないのに!) 腹を押さえて蹲り、悶え苦しむギーシュ。 「……ある男が、健康診断を受けた」 突然、立ち止まった桐山が口を開き始める。 「その男が帰りに、車で子供を轢いた。男は数分と経たない内に腹部に激痛を覚え、病院で再検査を受けた」 (何を、言っている) 「検査の結果、男は重度の胃潰瘍と診断された。もちろん、先の検査では健康そのものだった。 男は短時間で胃に穴が開いていた。……つまり。 ――極度の恐怖や緊張で、人間の体はすぐに壊れる」 何を言っているのか、恐怖に支配されるギーシュに理解する事はできない。 ただ、このままでは自分が殺されてしまう。それだけしか考えられなかった。 そして、桐山が目の前まで来た所で意識を手放した。 「もうやめてっ!!」 白目を剥いて気絶するギーシュの前に立つ桐山の背中に、悲鳴を上げて飛び掛るルイズ。 「決闘は終わったの! あんたの勝ちよ! もう戦わなくてもいいの!」 「どうすれば終わる」 (え……?) 「決闘は、どうすれば終わる」 「何を……言ってるの?」 「俺は決闘が終了する条件を聞いていないんだ」 「だって、ギーシュが散々降参していたじゃない!」 意味不明な言葉にルイズは喚く。 「それが終了の条件であると、彼は言っていない」 確かに、ギーシュは一度もそんな事は説明していなかった。 しかし、もう戦う事すらできないのだ。いくら平民でもそれは判断できるはず。 それが、桐山は分からないのか? 「……いいから! もう決闘は終わりよ! 主人の命令よ!」 そう叫ぶと、桐山はすっと目を閉じて大人しく従い、その場を後にしていった。 既に気絶しているギーシュに対する興味も失っていた。 (まさか……!) ヴェストリの広場へと向かう道中、桐山とそれを追いかけるルイズとすれ違ったコルベール。 そして、そのすぐ後気絶したギーシュが他の生徒達にレビテーションの魔法をかけられて医務室へと運ばれていくのも見届けた。 生徒が無事である事を知って、ホッと息をつく。 ただ、あの様子からしてギーシュは彼に殺されかけたのだと察する。 危害そのものは加えていないようだが、決闘が続いていたら確実に彼はギーシュを殺していたのだろう。 一切の躊躇も、罪悪感も、後悔も、何一つ感じる事はなく。 何故、あんな少年があそこまで冷酷になれるのか。 コルベールには分からなかった。 前ページ次ページ無情の使い魔
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前ページ次ページ鋼の使い魔 土くれのフーケ襲撃事件から、既に半月が過ぎようとしていた。 舞踏会の翌日からギュスターヴを待ち受けていたのは、厨房以下奉公平民衆からの惜しみない賞賛の声だった。 特に懇意にしてくれた料理長マルトーは、顔を真っ赤にして喜んでくれた。 「すっげぇじゃねぇか!ギュス!貴族が息巻いて追いかけてたような盗賊を捕まえるなんてよ!」 朝食をもらおうと厨房にやってきた瞬間、歓声とともに駆け寄ってきたマルトーの声と抱擁に驚いた。ギュスターヴは気持ち逸るマルトーを一度なだめて話す。 「捕まえたっていっても、俺は手伝っただけさ。一応、使い魔だからな」 「何言ってやがる。前にも貴族に喧嘩売られて返り討ちにしてたじゃないか」 「あれもまぁ、まぐれみたいなものさ。魔法ってどんなものかわからなかったし」 マルトーの言葉にあくまで謙虚に答えるギュスターヴだったが、マルトーの脳裏ではどうやら別の解釈で刻まれたらしい。 マルトーは振り返って厨房を見渡すようにして声を張った。 「お前達、聞いたか!ギュスは俺らと同じ平民だが、貴族にも負けねぇくらい強い!だのに手前を自慢したりしねぇ!見習えよ!」 「おっす!」 マルトーの言葉尻にくっついてマルトーの弟子達が応える。 ギュスターヴがこそばゆい気持ちを味わっていると、やはりマルトーがギュスターヴを引いて食堂のテーブルに着かせた。そこには他のテーブルとは違い、一品だけ、 貴族向けに出されるメニューにも負けない彩りが盛られた皿が置かれていた。 「ギュス。これは俺からのプレゼントだ。マルトー特製ガリア牛のテールスープよ」 魔法学院の食を一手に引き受けるマルトーが、食堂に通さない雑肉の中から最も美味と考えているテール部分を選び、一晩煮込んで作った極上のスープである。 テールから溶け出した旨みが一緒に煮込まれた野菜のエキスと組み合わされ、スープの水面に映る様だ。 ギュスターヴとしては嬉しいものの、困惑を隠しきれない。 「マルトー。気持ちはとても嬉しいが、俺一人でこれを食べるのは忍びないよ。他の皆はいつものメニューじゃないか」 「ギュ~ス、だから言ってるだろう?これは俺からお前への贈り物よ。お前さんは貴族様のせいで何処とも知れねぇところからこんな場所に呼ばれちまったくせに、 俺らでも出来ないような大手柄を取ったんだぜ。それが、俺にとっては何につけても嬉しいのよ。だからよ、あれこれ言わねぇで喰っちまえよ!」 バンバンとギュスターヴの背中を職人の掌で叩くマルトー。その表情は快晴のようである。周りに座る厨房の皆も同じように、ギュスターヴを見ていた。 ギュスターヴはスプーンを取って、スープから掬った。解けたテール肉とスープを盛り、口に入れた。 「…どうよ」 マルトーはギュスターヴの言葉を待った。料理人としての誇りを賭けた一皿である。 ギュスターヴは口の中で柔らかな肉とスープを良く味わってから、ゆっくりと嚥下した。外目に見ても判るほど。その間の沈黙が、マルトーには長く感じられる。 「……美味い。とても美味いよ。こんな美味いスープは初めてだ。こんなご馳走もらって本当にいいのかな」 微笑み混じりに応えたギュスターヴ。マルトーは感極まって涙交じりに笑った。 「おお!ギュ~ス!その一言が嬉しいぜ!俺はお前にキスしてやるぜ!」 「おいおい…」 厨房が暖かな空気で満たされた時だった。 『教える者、教えられる者』 そんな具合に、ギュスターヴは学院に奉公する平民達から『我らの剣』と呼ばれて祭り上げられた。 担ぎ上げられるのは人生経験として慣れた部類とて、本人としては掛け値なしに喜べないのが苦しい。 しかしながら、そんな周囲からの評価が上がっていく割に、ギュスターヴはあくまでルイズの使い魔らしく、ルイズの部屋角に寝泊りし、ルイズを起こしたり、 部屋を掃除してみたりするのが日課だった。初日に窘められて以降、流石にルイズも服をもってこい、服を着せろ、などとは言わなくなった。 言えなくなったというのが正しいかもしれない。 授業を受けながら、ルイズはぼんやりと己の使い魔である男のことを考えた。 (ギュスターヴ、私の使い魔をやってくれる、って言うのは素直に受け取るわ。とりあえず身の回りの世話はそれなりにするし、護衛としてはこの上ないくらい有能だし。 …でも…持て余すっていうのかしら?歩に合わない感じがしてならないのはどうしてだろう…) ルイズは自身が一人前のメイジではない、という自覚から逃げられない。それはギュスターヴの忠勤ぶりを見るほどに深まり、人知れずルイズの苦悩を深めた。 座学はともかく、実践が伴わないのが一層その事実をルイズに刻み付ける。 知らずに漏れるため息が何度目かになったとき、自分の机の横に誰かが立っているのに気付いた。 「授業はもう終わりましたよ。ミス・ヴァリエール」 「ミスタ・コルベール…」 講義を済ませ教室の後片付けをしようとしていたコルベールは、授業が終わっても席を立たずにいたルイズに声をかけたのだった。 「質問をしてよろしいでしょうか。ミスタ・コルベール」 「なんでしょう?」 「なぜ私の魔法は失敗しかしないのでしょうか。それに失敗するとなぜ爆発しかしないのでしょうか」 ルイズの記憶がさかのぼる。この質問は今まで何度、口にしたのだろうかと。たぶん初めは母に、ついで父に、一番上の姉に、二番目の姉に、そして家庭教師にも したはずだった。 二番目の姉以外は、着せる衣は変わっても、内容は同じだった。『練習が足らない』と。 だからいつからか、そんな質問をするのはやめてしまったのだが、ふと、この一見冴えない教師に問うてみたくなった。 コルベールはそんなルイズを見て、一度呼吸を吐いてから、応えるべく努めた。 「……そうですね。使い慣れない魔法、或いは属性が合わない魔法を唱えれば失敗します。それはメイジの上達過程では必ず起こりうることです」 「しかし私はどの属性の初歩を使おうとも失敗します…」 「判っていますよ。しかしですね、ミス。この世に属性が4つだけ、とは限らないでしょう?いえ、虚無を合せれば、5つですか」 驚愕がルイズを包む。 「驚かれましたかな?学院に勤める教師ともあろう者が、始祖より受け賜りし魔法が他にあると、六千年の間に未だ知られぬ属性体系が存在するのではないかと、 そんなことを言う」 「え…えぇ…」 「つまり、そういう考え方もあるということですよ。何故と思うなら、前提を捨てなさい。その方が考える選択肢が増えますぞ」 目元に皺を作ってコルベールは笑いかけた。 「同じ事が失敗の爆発にもいえますぞ。確かに四属性の魔法失敗は、不発動で終わるものです。であるなら、四属性を選択肢から除外するだけです。 そこから先の選択肢は、自分で見つけるものでしょう」 「……見つかるでしょうか」 「それは貴方次第ですぞ。少なくとも、失敗しか起きないからと周囲と壁を作っていた頃よりは、幾分かマシな質問をしてくれて、先生はうれしいですぞ」 教師らしからぬ毒気が混じった言葉にルイズはたじろぐ。 「…少しは生徒を労わってくれません?」 「いえいえ。向上心のない人こそ労わるものです。貴方は自分で進めるでしょう」 「…はい。頑張ってみます」 要はなりふり構っていられないのだ。失敗の爆発をコントロールして使おうとしたのもそういう意味では間違いではなかったのだな、とルイズは 少しだけ自分を前向きに見ることが出来た。 「助力は惜しみませんぞ。……っと、そうでした。ちょうどいい。ミス・ヴァリエール。貴方にお願いがあるのです」 「お願い…ですか?」 そう言うコルベールの目は、教師の目から研究者の目に変わっていた。 同じ頃、学院付属図書館の一角。 小さな机に連ねて二つの椅子に、一方には短く揃えた蒼髪の少女が、一方には背が高く立派な体躯の男が座り、二人で一冊の本を読んでいた。 「『雨はまだやみません』…と、これで読了だ」 「合格」 本を机に置いてギュスターヴはうんと背を伸ばした。 ギュスターヴがタバサに字を習い始めて暫く経つ。今日はテストと称して、500語ほどの短文を読むように指示されたのである。 「とりあえず、ある程度読めて、数字と名前くらいは書けるようになったかな」 机には秘かに持ち込んだ紙とペンが置かれ、ハルケギニア語で書かれた数字と、ギュスターヴと読める一語が書き綴られている。 生徒の上達振りを確認した風情のタバサは、机に出していた本を持って棚に向かい、新たな本を持って戻ってきた。 「読んでみて」 それは今まで読んでいた本よりも装丁が甘い。木を使った表紙ではなく、紙と革をあわせたような感じで、比較すると一段下がる格式のように見える。 ギュスターヴは本を受け取り、表紙に書かれた題名を読み取ろうとした。 「ん……『十の角の家の倒し方』?」 首を振るタバサ、ギュスターヴから本をとり、指先で題名をなぞりながら応えた。 「『十角館の殺人』と読む。文芸が読めて理解できれば、あとは書くだけ」 教師としてのタバサは結構なスパルタであった。 陽が徐々に傾いてきて、図書館の人もまばらになってきた頃合に、ギュスターヴとタバサは図書館を出た。 行く先は広場の木陰。以前ギュスターヴの短剣を披露した場所である。 図書館の受付で預かられていたデルフがカタカタとしゃべりだす。 「しかしちびっこよー。おまえさんメイジの癖に剣使いたいなんてかわってるよなー」 タバサの手には鞘に収まったままの短剣が握られ、だらりと地面に向かって剣先が下がっている。 タバサは最初、剣のからくりを知りたくてギュスターヴの教師を買って出たわけだが、結局、剣自体には何のからくりもないと本人にも言われてしまった。 ならば、本人からその剣を習うことで何か秘密を知ることが出来るのではないか、というのがタバサの発想だった。 それは己に来るべき時のための力を身につけさせるという意味でも悪くない考えだった。 元々只で字を教えてもらうのに引け目があったギュスターヴは、タバサの提案を飲んだ。後にルイズにも確認を取ったが「あの子もかわってるわねー」と言ったきりで 特に咎めもしなかった。 しかしタバサが剣を使うにはいくつか問題があった。 まず、剣を振れないのだ。 普段タバサが使う杖は長大な代物だが、中抜きがしてあるため見た目以上に軽く、素材の木も丈夫な為問題はないのだが、ギュスターヴの短剣は 40サント程度の刀身とはいえ殆ど装飾のない鋼で出来ているため、実は見た目よりぐっと重いのだ。 そんな状態で、ギュスターヴがまずタバサに科した練習は、『剣に慣れる事』だった。 鞘にいれたまま短剣を貸してもらい、持つ。自分で鞘から抜いて構え、鞘に戻す。その動作がある程度自然に出来るくらいになるまで、毎日やって10日掛かった。 次に『剣を構える事』を現在、練習としてタバサはこなしていた。 本来片手で構える短剣を、タバサは小さな手先で両手に構えて立っている。 それをギュスターヴの指示する順番に構えを変えていく。上段、中段、下段、払い、けさ、突き、という具合に。 10セットもやっていると、タバサの額に汗が浮いてくる。雪風の二つ名の少女が熱い息を吐きながら紅潮した肌に汗を浮かす。 メイジが剣を握って四苦八苦している様子を広場の他の場所にいる生徒達は奇妙な目で見ていたのだった。 目標一日100セット。その合間に何度か休憩を取っていると、広場の出入り口から二つの人影が入り、木陰に向かって歩いてきた。 「やっぱりここでやっていたのね…っていうか、本当に剣習ってるし」 ルイズはギュスターヴの前で短剣を握って立っているタバサを見た。 「見所あるの?」 「人前で言う事じゃない。…と、コルベール先生、何か」 「そうよ、あんたにお願いがあるんですって」 ルイズがつれてきたのはコルベールその人だった。まだ天空にある太陽の光が広い額に照り付けている。 「はい。ミスタ・ギュス。以前から興味がありました、貴方の鎧についてなのですが」 「俺の鎧?」 「えぇ、是非ともお貸ししてくれないかと」 ギュスターヴは要領を得ない。 「何故俺の鎧などを」 「貴方がサモン・サーヴァントでこちらに来られた時に検分してからずっと興味が有ったのです。あれはトリステイン、いや、ハルケギニアの職工の手では 作られたものではございませんな」 瞬間、走る緊張。ギュスターヴがとてつもなく遠くからやってきたのは周知であるが、それが異界『サンダイル』というところであるのを知るのはタバサとルイズ、 それにオスマンだけである。 「えぇ、まぁ」 らしくなく曖昧に答える。 「ですので、後学のためにどうか分析してみたいのです」 「はぁ……。ルイズが良いというなら、俺は構いませんが」 困惑の混じった視線がルイズに向けられる。ルイズはギュスターヴに近寄って小声で話す。 「鎧見せたらあんたが異世界の人間だってばれるんじゃない?」 「どうかな…素材はともかく、出来はありふれた鎧なんだが」 「何処で作られたかって聞かれたらどうするのよ」 「自分で作ったって言えばいいだろ。本当のことだし」 ひそひそと話し込んでいる使い魔と主人を、木陰に立つタバサとコルベールが観察している。 タバサとしては、ギュスターヴの素性があまり明らかにならないほうが個人的な利益になる。だからむやみに情報が漏れるような行動は取って欲しくない…という 心境だが、積極的に相談に入らず、外面的に第三者を決め込んだ。 「どうでしょうか」 コルベールが返答を待っていた。ギュスターヴはルイズを一度見てから答えた。 「…構いませんよ。ルイズの部屋に置いてあるんですけど、部屋主にとっては邪魔だろうし」 ニヤついた顔でギュスターヴがルイズを覗くと、ルイズは眉間を寄せてそっぽを向いてしまった。 コルベールはそれらに気付かず、まるで子供のように喜んだ。 「そうですか!ありがとうございます!では、今から早速受け取りに行きますので。ミス・ヴァリエール、よろしいですかな?」 「え?あ、はい」 「では、失礼!」 「え?えぇ?」 その場からコルベールはルイズの手を引っつかんで退散してしまった。部屋主同伴であれば寮を歩き回っても一応文句は言われまい。 そしてその場にはギュスターヴとタバサ、そして木に立てかけられたデルフが残った。 「…いいの?」 「ん?」 「鎧」 「そうだぜ相棒。お前さん異界人だってばれたら多分やばいぜ。下手したら教会とか国とかに捕まるかもしれないぜー」 ロマリア皇国を頂点にハルケギニアに普及しているブリミル信仰は、始祖と魔法を絶対とするものだ。ここ、トリステインを含め、始祖から王権を与えられた国は その信仰と価値観から国が為っている。異邦人で、魔法と始祖に畏敬を持たない人間がいれば、それは先住のエルフや亜人と同じ、外敵と見られるかもしれない。 「そうだな…あの鎧一つでわかる事はそんなにないだろう。形は珍しいかもしれないが、こちらにだって鉄の鎧はあるだろう?」 「そりゃそーだけどよー…」 「それに」 「それに?」 「コルベール先生は、多分俺がサンダイルから来たって言っても、教会とかに告発するような気がしないんだよ」 「なんだよそれ…」 呆れるデルフ。ギュスターヴは立ち上がると、デルフを鞘から抜いて、瞬くように構えて振った。一閃、二閃、三閃、四閃…。 「勘さ。あの人はそういうことはしない、っていう、俺がそう思っただけさ。…さて、タバサ。今やったみたいに出来るのが、当面の目標だ。頑張れよ」 「わかった」 タバサは静かにうなずいた。その口元が仄かにほころんでいるのだが、ギュスターヴは果たして、少女のわずかな変化を理解できたのだろうか。 木漏れ日の揺れが、デルフと短剣を煌かせている。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページ残り滓の使い魔 粗末な食事を終え、悠二はルイズとともに教室に来ていた。 大学の講義室のような教室には、既に何人もの生徒とそれぞれの使い魔がいた。 昨日召喚されたときに大半の使い魔は見ていたが、それでもゲームなどでしか見たことのない架空の生き物たちは、悠二を魅了した。 ルイズが席に着き、その隣に悠二も腰掛けようとしたが、ルイズが非難するような目で自分を見ていたのに気づき、床に座りなおした。 しばらくして、先生と思われる中年のふくよかな女性が教室に入ってきた。女性は教室中を見回しながら言った。 「春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですね。このシュブルーズ、毎年さまざまな使い魔を見るのが楽しみなのです」 「おやおや。変わった使い魔を召喚したのですね、ミス・ヴァリエール」 シュブルーズの目が悠二で留まり、隣のルイズを見て言った。 そう言うと教室中が笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 そう誰かが言い出したのを発端に、しばらくの間、 「かぜっぴき!」 だの、 「ゼロのくせに!」 などといった、小太りのマリコルヌという生徒とルイズの小学生レベルの口げんかが続いた。 その後、シュブルーズがマリコルヌ他数名の生徒の口に赤土を押し付けることで教室に静寂が戻った。 授業が開始され、はじめに魔法について基本的な説明があった後に錬金の実演となった。 (魔法を自在法に応用できるのかな?) 多少の期待を胸に秘めつつ授業を聞いていたが、どう聞いても先生は自分の属性である『土』系統の魔法びいきであった。 しかし、シュブルーズが錬金の魔法を使ったときには“存在の力”の流れに微妙な変化があったので、授業を聞いたこと自体無意味ではなかった。 「ルイズ、スクウェアとかトライアングルって何なの?」 「簡単言うとメイジのレベルね。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアがあって後者ほどレベルが高いってこと」 「ふーん。で、ルイズは何なの?」 こう聞くとルイズは下を向き黙ってしまったが、シュブルーズにこのやり取りを見咎められ、ルイズが錬金の実演をすることになった。 「先生、危険です」 なぜかキュルケがシュブルーズにやめさせることを提言していたが、先の錬金を見た悠二には、どこに危険な要素があるのか皆目見当がつかなかった。 教室の前にルイズが立ったとき、生徒たちは机の下に隠れていた。悠二は、なぜみんなが机の下に隠れているのかわからなかったが、とりあえず警戒だけはしておくことに決めた。 そして、ルイズが呪文を唱え、杖を振ると、大きな爆発が起こった。 現在、教室にはルイズと悠二しかいなかった。あの爆発の後、シュブルーズは気絶してしまい自習となった。 しかし、爆発を起こした罰として教室の掃除をすることになったのだ。もちろん魔法は使用せずに掃除することになる。 ルイズは不貞腐れているのか全く手が動いていなかった。それに反して、悠二はしっかりと掃除していた。ルイズがゼロといわれている理由も、爆発の後に生徒の誰かがルイズを馬鹿にしているのを聞いてわかった。しかし、悠二はルイズに何も声をかけず黙々と掃除をしていた。 ふと、ルイズが口を開いた。 「どうせあんたも心の中で私を馬鹿にしてるんでしょ! 魔法も使えないくせに威張ってるとか思って! そうなんでしょ! 何とか言いなさいよ!」 ルイズが怒鳴るように喚きたてると、悠二が静かに口を開いた。 「初めから全てができる人はいないよ。努力し続けて、ようやくできるようになるんだ」 悠二は自分の経験を元にルイズに言っていた。 悠二はここに来る前、身体能力向上のためにシャナと早朝鍛錬をしていた。 『振り回す枝を、目を開けて見続ける』 『前もって声を掛けた一撃を避ける』 『十九回の空振りの後に繰り出す、二十回目の本命の一撃を避ける』 『二十回の中に混ぜた本気の一撃をよけて、隙を見出したときは反撃に転じる』 このように段階を経て鍛錬を続けていた。はじめはシャナの振り回す枝を、目を開けて見ていることもできなかったが、努力し続けることでこの段階まで至っていた。 それに、他人がなんて言っても、自分で考えてどうするか決めないとダメだし」 そして、友人である佐藤啓作が悠二を羨望の眼差しで見ていたことを思う。 悠二が“徒”から“存在の力”を吸収し、フレイムヘイズと対等とまではいかないが、劣らぬ力を発揮して戦う姿を。 それを憧れとも嫉妬とも取れる目で見ていたが、彼は自分に出来ることをする、と外界宿に行くことを決断する。 ここに至るまでは、さまざまな葛藤があったようだが、彼なりの結論を出し、慕っているフレイムヘイズ、マージョリー・ドーを助けるという目的のために、羨望などを捨て前向きに進んでいた。 (それに、) 悠二は最初に会ったころのシャナを思う。 (最初は自在法が苦手だったシャナも、いきなり紅蓮の双翼を出せるようになったし) かつて、敵として『弔詞の詠み手』と戦ったときを思い出す。あの戦いを境に、シャナは突如として自在法を使えるようになっていた。 そう考えると、ルイズが魔法を使えない理由は、悠二には契機がまだだとしか思えなかった。 「ルイズも魔法を使えるようになるよ。僕はそう信じてるし、応援もする。使い魔でいる間は守るっても言ったしね」 「うるさいうるさいうるさい! いいから黙って掃除しなさい! それと、ご主人様に生意気な口を利いたからご飯抜き!」 他人にはバカにされてばかりであったが、悠二の邪気のない「信じている」という言葉にルイズは面食らった。 悠二は不意に怒鳴られ驚いたが、そっぽを向いたルイズの横顔が赤くなっているのに気づき、声は掛けず掃除に戻った。 このあと二人は一言も話すことなく掃除を続けた。 二人は掃除を終え食堂に行ったが、悠二は食事抜きだったことを思い出し、コルベールの所へ行こうとした。 (先生のいる場所の名前は聞いたけど、そこがどこにあるのかはわからないんだった) ルイズに聞こうにも聞きにくい雰囲気だしな、と食堂の前で途方にくれていた。肩を落としている悠二の前に、シエスタが現れた。 「あの、ユージさんどうしたんですか?」 「コルベール先生のところに行きたいんだけど、場所がわからなくて困ってたんだ」 「ミスタ・コルベールなら図書館にいると聞きましたよ。……ところで、図書館の場所はわかりますか?」 「……よければ教えてくれないかな?」 悠二はシエスタに図書館の位置を教えてもらいコルベールに会いに向かった。 図書館近くの廊下で偶然にも悠二とコルベールは鉢合わせた。 「コルベール先生、少しいいですか?」 「君は、昨日ミス・ヴァリエールの使い魔の……」 「坂井悠二です。あの、このルーンについて聞きたいことがあるんですが?」 悠二がそう言い左手に刻まれたルーンを見せると、コルベールはわずかに眉をしかめた。 「聞きたいことは何かね? 私にわかる範囲でなら説明できるが」 「ルイズに、ルーンは付与効果があるって聞いたんですけど、このルーンの効果って何ですか?」 「もう一度ルーンを見せてくれないかね? ふむ、しかし効果まではわかりかねますな」 そうコルベールは言って、無意識のうちに、持っている本を強く抱えなおした。その仕種を見た悠二は、違和感を覚えていた。 (見間違えかもしれないけど、なんで本を僕から隠すようにしたんだ? 本に、僕には知られたくないようなことが書いてあるのか? そうでもないと、隠すような行動をした意味がわからない) 悠二のルーンから手を離し、若干焦りを感じるような声色でコルベールは言った。 「力になれなくてすまないね。他にも何か困ったことがあったら相談してくれたまえ。私はこれから、学院長のところに行かなければならないので失礼するよ」 そういい残し、早足で去っていってしまった。 (コルベール先生の部屋は外にあるはず。それなのに、違う方向に向かった) 悠二は、戦闘時ばりに考えをめぐらせた。 (このまま学院長に会いに行くってことは、あの本も持っていくということだ。急いでいたということを考えると、早く伝えなければならないような重要な内容) 先ほどのコルベールの行動から推測を続ける。 (それに、さっきルーンの話で明らかにあの本を意識した。ということは、このルーンのことで学院長に急いで報告しなきゃいけないような大事な話か) 悠二は音を立てず、コルベールが行ってしまったほうへ走り出した。 悠二がコルベールを追って学院長室に向かっているころ、ルイズは自室のベッドの上でじたばたと暴れていた。 「わかわかわかわか! なんなのあいふは! そえい、ふふへはっへ! ん~~~~~!」 枕に顔を押し付けながら叫んでいたので、何を言っているのか全くわからないが、この場面を見れば、明らかに怒っているとわかる光景だった。 ルイズがこうなった原因は、昼食を食べている時にあった。 「あら、ルイズ。もう掃除は終わったの? 意外と早かったわね」 ルイズが食べようとすると、キュルケが不適に笑いながら話しかけてきた。 「ええ、おかげさまでもう終わったわ」 ルイズは、これでもうこの話はおしまい、とでも言うように言い放ったが、それに構わずキュルケは続けた。 「ところで、あなたの使い魔はどうしたの? ここにはいないみたいだけど」 「あいつなら、ご主人様に生意気なこと言ったから食事なし」 それを聞いたキュルケは、意地悪な笑みを浮かべた。 「あの使い魔が何を言ったか知らないけど、満足に食事もできないんなら、そのうち逃げちゃうんじゃないかしら? もしかして、こうしてる今にも逃げてるかもしれないけど」 「そんなわけないじゃない! まったく、失礼しちゃうわ!」 そう言って顔を赤くしながら食事をするルイズを見て、キュルケは満足げな笑みをたたえた。 「いじわる」 キュルケの隣に座る青髪の少女、タバサが呟いた。 「あの子をからかうのって、おもしろいのよね~」 そう言ってから食事に戻った。 (そうよね、あんまり厳しすぎてもダメよね。そうよ! 飴と鞭の要領よ!) キュルケにからかわれた後、ルイズはそう考え、食堂の前で待っているだろう使い魔のためにパンを持っていくことにした。 (お腹を空かしているだろう使い魔のためにパンを持っていく優しいご主人様、さらに従順になるでしょうね) 自分が食事を抜きにしたことを思考の脇に置き、ずる賢く笑い、食事を終え食堂を出たが、そこに使い魔の姿はなかった。 (どこ行ってんのよ、あいつったら) まあ、どうせ部屋に戻って空腹に悶えているのよね、と思い、またしても黒い笑みを浮かべ自室に戻った。 そして今である。意気揚々とした足取りで自室に戻ったが、空腹に泣いているであろう使い魔がいなかった。 (ごごご、ご主人様がせっかく食事を持ってきてあげたっていうのに、あのバカったらどうしていないのよ!) 声にならない怒声を上げ、ルイズはベッドにダイブしたのだった。 しばらく、うつ伏せで枕を抱きしめ、足をバタバタさせ、今いない悠二、パンを持ってくる原因とも言えるキュルケに対し、怒りをぶちまけていた。 ある程度冷静になると、急に不安に襲われた。 (本当に使い魔逃げちゃったのかしら? せっかく召喚したのに。初めて成功した魔法だったのに) 考え始めると、ネガティブな思考が頭の中を埋め尽くし、再度ルイズは枕を強く抱きしめた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
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わたしの目の前に男が現れた、やっと成功したサモン・サーヴァントだというのに 唯の平民を召喚してしまったようだ。 「あんた誰?」 とりあえず名前を聞いてみることにする 「・・・俺はプロシュートだ」 この目の前にいる男はプロシュートというらしい 「けっこうイイ男じゃない、ルイズあんた使い魔じゃなく恋人を召喚したの?」 キュルケがそう言うと、みんながどっと笑う・・・腹立つ 「違うわよ!」 すぐそっち方面に話が跳ぶキュルケに否定する 「さて、では、儀式を続けなさい」 コルベール先生が続きを促してくる。そうだった、まだ儀式は途中だったんだ 今まで、わたしは使い魔にはモンスターが召喚されるとずっと思ってた だから契約のキスもファースト・キスじゃないとおもってたけど目の前には男の人がいる。 これってつまり、これがファーストキスになるってこと? 召喚した使い魔、プロシュートをよく見る、キュルケの言うとおり ちょっとだけど、渋くてイイ男じゃない。 わたしは覚悟を決めプロシュートに唇を重ねる 「いきなり何をするんだ?」 わたしがキスをしたっていうのに冷たい口調のままでプロシュートが質問してきた 「何って、契約したの、わたしがご主人様であんたが使い魔」 「ぐあ!ぐぁあああああ」 プロシュートの左手にルーンが刻まれていく 「ふざけるな!」 ビシィ プロシュートがいきなり平手打ちをしてきた 「なにをするの?主人に手を上げる使い魔なんて聞いたことないわ」 わたしが睨みつけるとプロシュートは自分の頬を押さえていた 何よ、痛いのはわたしのほうでしょ 「どういう事だ?」 プロシュートは、今度は反対側の頬をつねり上げてきた」 「いたい痛い、やめなさいよ、やめて、やめてください」 ようやく、つねるのを止めたと思うと1人でブツブツ言い始めた 「ご主人様のダメージ、イコール使い魔のダメージってコトか」 「あんた、なんなのよ!」 「ルイズと言ったな、理解したぜ、お前がご主人様で俺が使い魔だってなあ」 あっさりと言われた怒りが何処かにいってしまった 「わっ解ればいいのよ、教室に行くわよ付いて来なさい」 プロシュートはだまって後を付いて来る 納得はできねえがな 頭の中に声が響いてきた To Be Continued
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魔法学院の教室の1つ。 ルイズ達二年生は、今日はここで『土』系統の魔法の講義を受けることになっていた。 皆、様々な使い魔を連れていた。 キュルケのサラマンダーをはじめとして、フクロウや、カラスや、ヘビやドラゴンや…実に多種多様だ。 召喚が終わってから初めての授業、本来なら使い魔の見せ合いで騒がしくなるはずなのだが、 彼らは今日は一段と静かだった。 皆、1人の生徒の登場を待っていた。 『ゼロ』のルイズ。 魔法を全く使えない彼女が、サモン・サーヴァントでとんでもない化け物を呼び出し、挙げ句の果てにコルベール先生に重傷を負わせたらしいという噂が、まことしやかに囁かれていた。 目撃者の証言によると、彼女が召喚したのは化け物ではなくて『死体』…それもバラバラの… だそうだが、彼らの叫びは他の生徒の、常識という箱に入れられ、蓋を閉められた。 大体の生徒は、化け物説を信じ、期待とスリルに胸をふるわせていた。 ギイと、重々しく講義室の扉が開いた。 他の生徒は皆そろっていたので、残る1人は必然的に噂の『ゼロ』ということになる。 果たして、入ってきたのはルイズであった。 皆の視線がルイズに向けられていた。 そして、ルイズに続いて入ってきた、1人の男に。 だれもかれもが、あっけにとられていた。 "なんだ。どんな化け物かと思ったら、ただの平民じゃないか" 1人また1人くすくすと笑い始める。 だが、キュルケとタバサは鋭い視線を男に向け、 そしてルイズの召喚を間近で見ていた一部の生徒は、困惑しながらも怯えていた。 そしてさらに一部の生徒は、その男が自分達と同じ食卓についていたことを思い出し、眉をひそめた。 ルイズは不機嫌そうにドカっと席についた。 そしてルイズが男と一言二言、言葉を交わすと、男は生徒達の間をゆっくりと通り抜け、後ろの壁にもたれかかり、腕を組んだ。 初めは興味深そうに生徒達の使い魔を観察していたが、 やがて飽きたのか、その手に抱えていた本を読み始めた。 先日ルイズが与えたものなのだが、どうみても子供向けなそのタイトルが、 ますます生徒の笑いを誘った。 そうしているうちに扉が開いて、先生が入ってきた。 優しげなおばさんの雰囲気を漂わせている彼女は、ミス・シュヴルーズといった。 彼女は教室を見回すと、満足そうにほほえんで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 私はこうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは皮肉気な笑みを浮かべた。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。 ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズが後ろで本を読んでいる男を見て、とぼけた声で言うと、教室はどっと笑いに包まれた。 「おい『ゼロ』!召喚に失敗したからって、その辺歩いてた平民 を連れてくるなよ」 ルイズはだんまりを決め込んだ。 それをどう誤解したのか、クラスメイトの嘲りはますますひどくなっていった。 『かぜっぴき』のマリコルヌが、ゲラゲラ笑った。 「あの『ゼロ』だぜ? 失敗に決まってるじゃんか。 皆、知ってるよな?今までルイズがまともな魔法に成功した回 数は?」 "『ゼロ』だ!"と、他の生徒が唱和した。 再びゲラゲラ笑い。 調子に乗って歌まで歌いだした。 "♪ルイルイルイズはダメルイズ~♪魔法が出来ない魔法使い♪…" みんなして調子を合わせられているところを見ると、影で結構歌われているようだ。 ルイズは拳を握りしめて屈辱に耐えていた。 爪が食い込んで血が垂れる。 どうせ、言ったってわからない奴らなのだと、必死にそう自分に言い聞かせた。 シュヴルーズは、厳しい顔で教室を見回した。 そして、杖を振ると、ゲラゲラ笑っている生徒の口に、どこから現れたのか、ぴたっと赤土の粘土が押しつけられた。 「お友達を侮辱するものではありません。 あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 教室の笑いが収まった。一見するとシュヴルーズの懐の深さが示されたように見えるが、 そのキッカケを作ったのは間違いなくシュヴルーズであったし、マリコルヌたちの狼藉をしばらく見過ごしていたのも、シュヴルーズであった。 楽しんでいるのだ、結局。 ルイズは思う。 自分が笑われているところを楽しむだけ楽しんでおいて、 キリのいいところで、どこかの聖者よろしく 「貧しい者こそ救われる」とばかりに手を差し伸ばすのだ。 とんだ自己満足だ。 貧しいのはそっちの脳みその方だ、この偽善者め…! ルイズは心の中で吐き捨てた。 そんなルイズの胸中を知らずに、シュヴルーズは授業を再開した。 彼女が杖を振ると、机の上に石ころがいくつか現れた。 そして、この授業のメインである、『錬金』の講義をはじめた。 知識だけは他の生徒よりはあるルイズは、耳タコなその内容に飽き飽きして、ボーッとしていた。 「私はただの、『トライアングル』ですから…」 そんなシュヴルーズの声が聞こえた。 えぇカッコしぃめ…! と思いながら、ルイズは後ろを振り返った。 後ろでは、自分の使い魔であるDIOが、本に目を注いでいたが、シュヴルーズが石ころを真鍮に変える魔法を使っている時には、しげしげと前を向いていた。 (一応聞いてはいるんだ…) 案外好奇心旺盛ね、とルイズが考えているところに、シュヴルーズからの呼び声がかかった。 「ミス・ヴァリエール! よそ見をしている暇があるのなら、あ なたにやってもらいましょうか」 「え、わたしですか?」 突然のことに、ルイズは焦った。 話を全く聞いてなかった。 「そうです。ここにある石ころを、あなたの望む金属にかえてご らんなさい」 あっさり話の内容をネタバレしたシュヴルーズを小馬鹿に思いつつ、ルイズは俯いて、密かにほくそ笑んだ。 一発かますチャンスだ。 そして、これ以上ないってほどの作り笑顔で、立ち上がった。 「わかりました、ミス・シュヴルーズ! わたし、失敗するかも しれないけど、精一杯やってみますわ…!」 キラキラと瞳を輝かせる様が嘘くさかった。 ルイズの恐ろしいほくそ笑みをしっかり見ていたキュルケは、空恐ろしいものを感じ取り、止めに入った。 『ゼロ』ネタでからかわれた後のルイズは、何をするか分からない。 「ミス・シュヴルーズ。やめたほうがいいと思いま…ひっ!」 ルイズはギロリと、シュヴルーズには分からないようにキュルケを睨んだ。 "邪魔するならあんたから吹き飛ばす"ルイズの目がそう言っていた。 そしてルイズは、目尻に涙を蓄えながら、よよと嘆いた。 「そうですわね。ミス・ツェルプストーの言うとおりですわ。私 なんかがやったら、皆さんの大切な授業の妨げになってしまい ます……」 そうして、悲しそうにうつむいて席に座ろうとするルイズを、シュヴルーズは引き止めた。 「いいえ、いいえ、ミス・ヴァリエール。誰にだって失敗はあり ますとも! さぁ、やってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も出来ま せんよ」 (………計画通り…!) ハナから勝負にならなかったのだが…。 ルイズはいかにも可憐な笑顔を浮かべて立ち上がった。 しかし、彼女の背中には、目にもの見せてくれてやると、どす黒いオーラがただよっていた。 キュルケの横を通り過ぎるとき、ルイズはドスのきいた、低い声で呟いた。 「友達のよしみよ。さっさと消えなさいな、ツェルプストー」 もうダメだ。おしまいだ---顔面蒼白でキュルケは戦慄した。 そうして、わざわざ教壇の側に回り、石が全員に見えるようにして、 離れた所から錬金の魔法にしては異常な量の魔力を石の全てに込めだしたルイズを尻目に、 キュルケはじっとDIOに視線を向け続けるタバサをひっつかんで教室を脱出した。 ―――次の瞬間、教室の中で、学院全体が揺らぐほどの大爆発が起こっていた。 間一髪だ……、キュルケは己の生を始祖ブリミルに感謝して、床にへたり込んだ。 to be continued…… 19へ
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前ページ次ページ重攻の使い魔 第9話『勝利の代償』 背後で徐々に騒ぎが広まっているのを尻目に、一行は桟橋目指して走り続けていた。宿の主人には申し訳ない、本当に申し訳ないのだが、元はといえば酒場で襲ってきた暴漢共が悪いのだ。とにかくそういうことにしておいてでも、今自分達は逃げなければならない。もしも捕まったり、殺されでもしたら元の木阿弥だ。 ワルドを戦闘とした一行は、建物に挟まれた階段をなだれ込むようにして駆け上がる。余り幅広とは言えない削り出しの階段を上りながら、ルイズはもしやライデンは通ることが出来ないのではないかと後ろを振り向いたが、かろうじて通行できているようだった。 延々と走り続け、ワルドとライデンを除く一行は完全に息が上がっていた。足ががくがくと振るえ、壁を支えにどうにか階段を上りきる。階段を抜けた先は広い丘の上であり、そこには天を突くかのような巨木が悠然と聳え立っていた。広大な範囲へ四方八方にわたって広げられた枝には、まるで木の実のように幾つもの船が係留されている。 「追っ手の姿は見えるか?」 「はぁっ、はぁっ、いえっ、今の所、それらしい、影は、見えないわ……」 待ち伏せと奇襲を受けた以上、敵は組織的に行動している可能性が高い。今は先刻の混乱で追撃がないだけかもしれないのだ。一刻たりとて気を緩めることはできない。 もう数百年も以前に枯れてしまった大樹をくりぬいて造られた内部は、遥か上方まで完全な吹き抜けとなっている。ワルドは目当ての階段を見つけると、急かすように手振りをする。とはいえ先程から足の筋肉を酷使しているルイズたちにすればもう走れない所まできていたが、そこではたとフライを使えばいいことに気がついた。焦るあまり基本的なことを失念していたのだ。そのフライが使えないルイズはライデンに抱えてもらおうとしたその時、ワルドが叫んだ。 「まずい、上だ!」 ルイズ達が声に釣られて、はっと見上げると20メイルほど上空に白い仮面を被った男が浮遊し、あろうことか詠唱に入っているのが見て取れた。男が黒塗りの杖を頭上に振り上げると、周囲の空気が急速に冷却されていく。仮面の男がどのような魔法を使おうとしているのか気付いたワルドは全員に警告する。 「全員逃げろ! 奴が使おうとしているのは……!」 「『ライトニング・クラウド』!」 ライデンが魔法の棍棒を仮面の男へ向け、迎撃しようとしたが、半瞬の差で間に合わなかった。何かを鞭で打ち付けるような鋭い音が聞こえたかと思うと、男の周囲から敵を噛み殺さんとばかりに稲妻の竜が伸びる。さしものライデンとしても光速の攻撃を回避することはできず、赤い鎧を纏った巨体は超高圧の電流に蹂躙される。 直撃を受けたライデンは全身を帯電させながら、地面へと膝を突いた。神の使途の如く、強大な力を振るっていた巨人が初めて敵の攻撃に屈した瞬間であった。 「ライデンっ!」 ルイズが思わず駆け寄るが、鋼の巨人はクリスタルをせわしなく点滅させ、一向に動き出す気配がなかった。そんな馬鹿な、この強力な使い魔が打ち倒されるなどと。この困難な任務において最後の頼みの綱であったライデンを失い、主人であるルイズもその場に崩れる。 「くっ、すばしっこいわねぇ!」 「敵はスクウェア・メイジ。私たちでは勝てないかもしれない」 キュルケやタバサ、ワルドらが魔法で応戦するが、攻撃が敵の体を捉えることはない。ひらりひらりと、寸での所で回避し続ける男は時折空気の塊を打ち据えてくる。ワルキューレを盾にすることで、どうにか凌いでいたが、一発が盾をすり抜けワルドたちに直撃した。 敵の攻撃で一瞬足並みが乱れた隙を、白仮面は目ざとく認識すると、ライデンの傍で呆然としているルイズの背後に降り立つ。 「ルイズっ!」 「……え? っきゃああぁぁぁっ!!」 抵抗する間もなくルイズは抱え上げられ、男は空中へと上昇する。 「おのれぇっ! 『エア・ハンマー』!」 ワルドは高速で詠唱を行い、三連続で圧縮された空気弾を男目掛けて放つ。ルイズを抱えたことで若干動きが鈍った男は、ワルドの渾身の攻撃を完全に回避しきることができなかった。空気塊の一つに足を取られ、体勢を崩すと思わずルイズを手放してしまう。拘束から開放されたものの、空中に投げ出されたルイズは地面へ向けて真っ逆さまに落下していく。 「ワルキューレ、ルイズを受け止めろ!」 薔薇を振りかぶり、一体のワルキューレに命令を出すと、ワルキューレは装備していた武装を放棄し、落下してくるルイズの元へ一目散に駆け寄る。跳躍しながら衝撃を吸収するようにルイズを受け止めると、即座にその場から退却する。 体勢が崩れたことで、今度は逆に隙を作ってしまった男はキュルケとタバサによる集中攻撃を受け、地面へ墜落することとなった。一瞬倒れ伏すものの、即座に起き上がり再び攻撃に移ろうとした所で、残り二体のワルキューレが突進してくる。練成する数を減らしたことで、個体の膂力・防御力・速度が飛躍的に向上したワルキューレは、とどめを刺すことこそできなかったが、連携攻撃により男を転倒させることに成功した。それでもなお立ち上がろうと身を起こした男の目に映ったのは、先程から詠唱を続けていたワルドの姿だった。周囲の気温が急激に下がっていく。そしてワルドは一切の躊躇いなしに己が使用できる最大級の魔法を放つ。 「『ライトニング・クラウド』!!」 先程仮面の男がライデンに膝をつかせた風系統最強の魔法は、相手のそれよりも更に太い雷撃であった。男が身動きするにも間に合うはずがなく、胴体の中心を打ち抜かれる。身を起こしかけていた男は全身を焦がしながら再度、地面に倒れ伏すこととなった。 「はぁっ、はぁっ、倒したか……?」 しばらく警戒していたが、男が再び動き出す気配は見られなかった。どうにか突然の襲撃者を倒すことができたが、こちらも相当に消耗してしまった。これから先、またも不測の事態が発生しないとも限らない。ここでの消耗は一行にとって痛手となった。しかも最大の攻撃担当であったライデンが機能不全に陥り、任務の成功率はがた落ちしたといっても過言ではなかった。 「まさか敵がスクウェア・メイジを投入してくるとはな……。間違いなく反乱軍の一員だろう」 ルイズは先程と同じように、やはりライデンの傍に座り込んでいた。表情からは感情が抜け落ち、完全に放心している。そんなルイズにワルドは苦々しい口調で話しかける。 「おそらく、昨日今日の戦いをどこかで眺めていたんだろうな。奴は真っ先に最大の脅威となる君の使い魔を潰しに来た。あの魔法で先手を打たれた時点で結果は決まっていたんだ。『ライトニング・クラウド』に耐えられる者などいはしない。残念だが、君の使い魔は……」 「……っ! 子爵、奴が!」 同じように苦しげな表情をしていたギーシュは、黒焦げとなって転がっている男の異変に気がついた。その場にいた全員が一斉に振り向くと、男は驚いたことによろめきながらも立ち上がっていたのだ。懐から小さな手の平に収まる程度の球を取り出すと、こちらに向けて放り投げる。ワルドたちがまずいと考えた瞬間、球は盛大に煙を吐き出し、周囲の視界は全く効かなくなる。敵の攻撃が来るかと身構えていたが、結局煙が晴れるまで何も起きなかった。そしていつの間にか、男は姿を消していたのである。 「馬鹿な……。奴は本当に人間なのか……?」 『カッタートルネード』とならんで風系統魔法の最高位に位置する『ライトニング・クラウド』の直撃を受けて尚も生きていられる人間が存在するなど信じがたい光景であった。あれだけ常識離れした能力を持っていたライデンですら一撃の下に倒してしまう魔法なのだ。姿を消した男が人間であるとは思えない。一同はまるで神か悪魔を見たような表情となる。 しかし、そんな中ルイズだけは相変わらず呆然自失となっていた。ワルドが見やると、左手の薬指にはめられた『水のルビー』を動かなくなったライデンに押し付けている。 「どうして、どうして直せないのよ……。これで直せなかったら、どうすればいいのよっ……」 必死でライデン修復を試みる婚約者の姿に、ワルドは悲しげな表情となる。一瞬躊躇ったあと、言いにくそうに話しかけた。 「……ルイズ、君はどうしたい? おそらく君の使い魔が元に戻ることはない、と思う。それに僕達はここに留まっているわけにはいかないんだ。動かない以上足手纏いにしかならない。残念だが置いていく他ないと思うが……」 「いや……いやよ……。ライデンはわたしの使い魔なんだもん……。初めての使い魔なんだもん……。置いていくなんてやだっ……、うっ、ううぅ……」 遂に泣き出してしまったルイズに、一同は掛ける言葉がなかった。 たとえ感情を持たない人形であっても、異質な力が少し怖くても、それでもライデンは自分にとって家族以外の初めての味方だった。自分が危ない時には真っ先に身を盾にして庇ってくれたのだ。確かにライデンに頼らないメイジになるとも決心したが、いなくなっても構わないということではない。徐々に点滅の感覚が長くなり、最後には完全に光を失ってしまったライデンの前で、ルイズは泣き崩れた。 その時、それまで黙っていたタバサが口を開いた。 「あなたがその使い魔を置いていきたくないと言うのなら、シルフィードに運ばせればいい」 青髪の少女はそう言うと、甲高く指笛を吹いた。すると吹き抜けになった上層部から主人と同じように青い鱗を持った竜が降下してきた。その口元には、どこに行ったか分からなくなっていた巨大モグラが咥えられていた。苦しげな鳴き声を上げ、じたばたと手足を動かしている。己の使い魔の無事を知ってギーシュは思わず抱きついた。 「ああっ、無事だったんだねヴェルダンデ! どこにいってしまったのかと心配していたんだよ!」 感激してヴェルダンデに頬ずりしているギーシュは放っておき、キュルケが流石に労わるように声を掛ける。 「ほら、ルイズ。タバサもこう言ってるし、ね。大丈夫よ、きっとライデンを直す方法が見付かるわ」 実際にはそんな保障はなかった。気休めだとしても、そう言う他になかったのだ。ワルドとキュルケ、タバサの三人でレビテーションを使い、どうにかライデンをシルフィードの背に載せると、一行は急いで船が係留してある桟橋へと向かう。未だ力の抜けているルイズはワルキューレに抱えられていた。 階段を駆け上った先の桟橋として機能している巨大な枝を走り抜けると、そこに停泊していた船へと飛び込む。突然集団で乗り込んできた闖入者に、それまで甲板で寝こけていた船員が飛び起きる。船員はワルドたちの格好を見て、顔から血の気を引かせた。 「君、船長を呼んでもらおうか」 「へへへへいっ! 船長、せんちょおー!」 船員は泡を食ったような勢いで船長室へと飛んでいった。しばらく待っていると、つばの広い帽子を被った初老の男性を連れて戻ってきた。船長らしい男性は、ワルドの格好を頭からつま先まで一通り眺めると、一応の敬意を払いながらも胡散臭そうな表情をした。 「して、なんの御用ですかな?」 「女王陛下直属のグリフォン隊隊長のジャン・ジャック・ワルド子爵だ。この船はアルビオンへの定期船なのだろう? 今すぐに出航してもらいたい。これは姫殿下直々の勅命だ。君達に拒否権は与えられていないことを伝えておこう」 突然無理難題を押し付けられた船長は、勅命だと言われたのも関わらず反論してしまう。 「ちょ、ちょっと、無茶を言わんで下さい! 今この船にはアルビオンへの最短距離分の風石しか積んでおらんのですよ! 風石の予約は一杯で、今から新たに風石を確保するなんて無理です!」 「もちろん、こちらとしてもそのことは認識している。僕は風のスクウェアだ。足りない風石の分は僕が補おう。料金は言い値を払う」 「はぁ……、まあそれなら」 その後、ワルドから積荷である硫黄の分も上乗せして料金を支払うとの言質を取り、思わぬ商談の成立に気分を良くした船長は、何事かと甲板に上がってきていた船員達へ矢継早に命令を出していく。気分よく眠っていたところを叩き起こされた船員達は、ぶつぶつと文句を零してはいたものの、船長の命令に逆らうこともなく、桟橋に括りつけられている舫い綱を解き放ち、横静索によじ登り帆を張った。 繋留が解かれた船は一瞬空中に沈んだかと思いきや、風石の力を如何なく発揮してアルビオンへ向けて出航した。到着予定は明日の昼過ぎであることを聞くと、ワルドは糸の切れた人形のように壁を背にして座り込んでいるルイズへ足を向ける。その傍には主人と同じように赤いゴーレムが力無く足を放り出して座らされていた。 「ルイズ……、任務の話なのだが……」 ワルドの言葉にもルイズは完全に無反応であった。仕方無しに三人固まって難しい顔をしていたギーシュを呼んで、今後の方策を練ることとする。あまり頼れる人物ではないが、出身がゲルマニアとガリアのキュルケとタバサに秘密任務を話す訳にはいかない。手招きに気付いたギーシュが小走りに近付いてくる。 「どうしました、子爵?」 「船長から聞いた話だが、ニューカッスル付近に陣を敷いた王軍は攻囲されて苦戦しているらしい」 「……ウェールズ皇太子は無事なのですか?」 「わからんよ。まだ存命ではいるらしいが……」 二人は同じように苦い表情となる。思っていた以上に戦局は厳しいものだった。本陣付近まで攻め込まれているとなると、最早一週間ともつまい。更に手紙の回収を行うには分厚い敵陣を突っ切る以外に手段はない。この任務にタバサの風竜を使うわけにはいかないのだ。非常に困難な局面となることが予想された。 「反乱軍としても一応は無関係のトリステイン貴族に公然と手出しする訳にはいくまい。ただ、間違いなく検問を設けているだろうな。そこは隙をついて突破する以外に手段はない」 ワルドの言葉にギーシュは緊張した表情を作る。トリステインの今後の命運を分けるこの任務、最大戦力であったライデンを失ってしまったのは余りにも痛かった。 様々な人間の意志が交錯する中、船はアルビオンへ向けて一直線に飛行する。 「空賊だ!」 夜が明け、下半分が真っ白な雲に覆われたアルビオンを視界に入れたところで、甲板に船員の切羽詰った叫び声が響く。緊急事態を表す鐘ががらんがらんと打ち鳴らされ、それまで眠っていた船長と船員達が慌てて飛び出してくる。 ワルドたちの乗る船の右舷上方に位置取る船は、所属する国家の端を掲げておらず、甲板から身を乗り出してこちらを眺める男達の格好は、どう見ても空賊以外にありえなかった。 「今すぐ逃げろ! 取り舵いっぱぁぁいっ!!」 船長は船を空賊船から遠ざけようと命令を下すが、時既に遅し。高度を落として並走し始めていた空賊船は定期船の進路を遮るかのように大砲を放った。 その後、マストに旗流信号を示す四色の旗が掲げられる。停船しなければ攻撃を行う。敵船の意思表示を受け、船長は一瞬悩む。今この船にはグリフォン隊の隊長と、数人のメイジが乗船している。助けを期待するかのような視線をワルドへ向けるが、ワルドはどうしようもないといった身振りをすると、溜息を付きながら告げた。 「魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだ。それに彼女達も相当魔力を消耗していてね。あの船に従うしかない」 これで破産だと頭を抱えて呟くと、観念したのか船長は停船命令を出す。 空賊船は完全に定期船へと横付けすると、鉤付のロープを渡して次々とこちらへ乗り込んできた。日焼けして粗野な雰囲気を隠そうともしない男達が拡声器を片手に命令する。 「てめぇら、抵抗すんじゃねぇぞ! もしも逆らってみろ、すぐさま首を切り飛ばしてやる!」 弓やフリントロック銃で武装した空賊は手馴れた様子で抵抗する船員を拘束していく。ギーシュやキュルケが思わず魔法を使おうとした時、目の前にすっと手を出されワルドに制止された。 「やめたまえ。いくら平民といえど、あれだけの数を相手に消耗した状態で戦うのは無謀だ。大砲がこちらを狙っていることも忘れてはいけない。……今はとにかく機を待つんだ」 突然ずかずかと歩き回り始めた空族たちに、甲板で大人しくしていたグリフォンやヴェルダンデら使い魔が喚き始めた。空賊の一人が仲間の一人に身振りをすると、その男は杖を取り出し短く呪文を唱える。すると使い魔たちの頭上に小ぶりな雲が現れ、次の瞬間には纏めて寝息を立て始めてしまった。 「眠りの雲……、メイジまでいるのか」 抵抗する人間がいなくなったところで、空賊の頭と思わしき男が乗り込んでくる。汗とグリース油で真っ黒に汚れたシャツの胸をはだけ、そこから覗いた胸板は逞しく、赤銅色に日焼けしていた。ぼさぼさに乱れた長髪は赤い布で適当に纏められ、口元は無精髭に覆われている。丁寧に左目は眼帯が巻かれ、まるで作り話に出てくるような男は乗り込むやいなや、船長を出すように命令する。 「ほう、てめぇが船長か。船の名前と積荷を答えろ。嘘をついたらいいことねぇぜ」 曲刀で頬をなぜられ、震える足を押さえながら何とか立っている船長は正直に白状する。積荷が硫黄であるということを聞くと、空族たちは割れんばかりの歓声を上げる。男は船長の帽子を取り上げると、躊躇いなく自分の頭に被せた。 「マリー・ガラント号、いい船だ。全部丸ごと俺達が買ってやる。料金はてめぇらの命だがな。異論はねぇだろう?」 がくりと船長が崩れ落ちるのを確認した所で、空賊の頭は座らせられている真紅のゴーレムに気付いた。値踏みするかのように下卑た笑を顔に貼り付けると、悠然とした足取りで近付いていく。 「ほほぅ。こいつは随分と変わったゴーレムだな。どこぞの悪趣味な貴族に売りつけたら結構な値段が付くかも知れねぇ」 そう言ってライデンに触ろうとした時、隣で座り込んでいたルイズが猛然と立ち上がった。 「わたしの使い魔に触るんじゃないわよっ! あんたらなんかね、ライデンが無事だったら、無事だったらっ……!」 頭は一瞬驚いたものの、少なくとも美少女といって差し支えないルイズの顔を見ると上機嫌になった。敵意を込めた視線を向けるルイズの顎を取ると、舌なめずりをした。 「へぇ、随分と別嬪な小娘だな……。お前、俺の嫁にしてやるぜ」 「触るなっ!」 鋭く頭の手を払うと、銃を向けられるのも構わずに血走った目で睨み付ける。 頭は面白そうに笑おうとして、はっとした表情になった。その視線はルイズの左薬指にはめられた指輪に集中している。しばらく考え込み、ふんと鼻を鳴らすと部下へ命令を下す。 「硫黄に加えて貴族様ときたか。おい! てめぇらこいつらも運び込め。あとでたんまりと身代金をふんだくれるぜ! それとそこのデカい人形も忘れるなよ!」 ライデンがメイジの手で空賊船に運び込まれるのを見て、またしてもルイズは抵抗する。空賊に拘束され、身動きが取れなくなっても、ルイズは喚き続けた。 一足先に船長室へと引き上げた頭の顔は、とても空賊とは思えない程に引き締まっていた。 前ページ次ページ重攻の使い魔
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前ページ次ページ時の使い魔 決闘の後、授業が終わり夕食を済ませた後、ルイズと時の君は学園から少し離れた平原 に来ていた。 「さあ、まず何からやるの?」 時の君の術の力を目の当たりにし、これなら魔法を使う上でのアドバイスを受けられる と思ったからである。 「そうだな、何でもいい。魔法を使ってみろ。」 「何でもいいって…爆発しか起こらないわよ…わかったわ。」 短く詠唱し、ファイヤーボールを唱える。自分が想像していた位置よりも少し反れた場 所に爆発が起き、地面を抉った。 「…もう一度だ。」 「これで何か判るのかしら?」 ブツブツと文句を言いながら、もう一度ファイヤーボールを唱えた。やはり爆発が起き、 大地に小規模なクレーターを作る。 「もう一度。」 「な、何なのよ…」 その後も魔力が尽きるまで何度も繰り返され、辺りはさながら戦場の様に荒れ果ててい った。 「も、もう無理…限界だわ…何なのよ、もう…」 ルイズはその場にへたり込み、うつむきながら肩で息をしている。 「…この爆発は、燃焼や魔力の暴発と言う訳ではなさそうだ。まだ確証はないが、おそら く御主人様の魔力が粒子を振動させる事によって爆発という結果になっているのだろう。」 「は?何?どういうこと?」 「推論が当たっていれば、制御さえできれば色々な事が出来そうだという事だ。」 「ほ、本当!?爆発するんじゃなくて。他のことも出来るの!?」 時の君の解答に一度に疲れが吹き飛ぶ。暗闇に一筋の光明が見えてきた気がする。 「物の根源を操れる可能性があるからな。…今日はここまでにしよう。帰るぞ。」 そう言うと、ルイズの体の下に手を差し込み、抱え上げた。 「な、何するのよ!?」 これは俗に言うお姫様だっこではないか、突然の時の君の行動に動揺し、ばたばた暴れ た。 「暴れるな。疲れたんだろう?部屋まで運ぼうとしているだけだ。」 「そ、そう…し、しょうがないわね、部屋まで運ばせてあげるわ!」 今なら歩けと言われれば歩ける気もするが、せっかくの使い魔の申し出を無碍にするわ けにもいかないので、時の君の腕に体を預け、頬を赤らめながら部屋へと戻っていった。 「水を持ってくる。明日も授業があるんだろう?飲んだら寝るんだな。」 「そ、そうね、お願いするわ。」 時の君は部屋に戻って来ると、ルイズをベットに下ろし、水差しを手に再び部屋より出 て行った。まだ召喚されてから二日目だが、予想以上に環境に適応出来ている気がする。 決闘騒ぎは起こしたが… 「あ、時の君!お怪我は…無いようですね、よかった…」 水を汲んでいると、偶然シエスタが現れた。おそらく昼の決闘の事を言っているのだろ うが、そもそも触れられてもいないので怪我をするはずもない。 「大丈夫だ。」 「後から決闘の事を聞きました。貴族に勝っちゃうなんて、本当にお強かったんですね、 そうだ!今度、厨房までいらっしゃって下さい!マルトーさんも会ってみたいって言って ました!」 「いいのか?妖魔は恐れられているんだろう?」 ギーシュや他の貴族はそこまで恐れている様には見えなかったが、やはり今朝のシエス タの反応を見るに、特別な力を持たぬ平民には恐ろしい存在なのだろう。 「確かに、皆が大丈夫なわけじゃないんですけど、今朝、洗濯を手伝ってくれた事とか説 明したら、マルトーさんとか他の人も、面白い妖魔だ一度話してみたい、なんて言ってま すよ。」 「そうか、では今度行くとしよう。」 時の君としても人間は襲う気はないので、今後の事を考えると、怖がられない程度には 関係を築いておかないと生活に差し障りがでるかもしれない。 「はい!ではお待ちしておりますね!」 シエスタは時の君へにこやかな笑顔を向け、一礼し去っていった。時の君もとっくに水 は汲み終わっていたので、部屋へと足を向ける。 階段を上りルイズの待つ部屋へと歩いていると、前方に割りと大きめのトカゲが道を塞 いでいた。 「邪魔だ、どけ。」 時の君の言葉に一瞬怯み後ずさるが、気を持ち直したのかマントの端を咥えどこかへ引 っ張っていこうとする。 「きゅるきゅる…」 「何だ?離せ。」 ここに唯のモンスターが出現はずもない。ということは誰かの使い魔であろう、ならば 下手に怪我を負わせて無理やり振り解くと、後にルイズがこのトカゲの主人と揉めるかも しれない、そう考え、仕方なくこのトカゲについていくことにした。 「きゅるきゅる!」 不穏な空気を察知していたのか、明らかに安堵した様子のトカゲが、ルイズの部屋の一 歩手前で止まり、開いていた扉の中へと入っていった。部屋の中にはトカゲの尻尾の炎だ けが光を灯している。 「何か用か?」 「扉を閉めて入っていらして?」 部屋の中の声の主がトカゲの主人であろう。部屋に入れと言っているが、部屋には入ら ず言葉を続けた。 「時間が掛かるか?」 「え?フフ…そうね、今夜は長い夜になりそう…」 時の君の問いに甘い声をだす。 「そうか、では御主人様へ確認を取ってくる。」 「え!?ちょっ…」 時の君は外側から扉を閉め、ルイズの部屋へと戻っていった。 「遅かったじゃない?何かあったの?」 「隣の部屋で呼び止められてな、何か用事があるらしい。長くなるそうだが、行ってきて もいいか?」 「隣の部屋って…キュルケじゃない!あ、あの万年発情猫…!!!駄目よ!ここに居なさ い!!」 言い終わると同時に、ルイズは豪快に扉を開け放ち、部屋から飛び出して行った。隣の 部屋へ入って行ったのであろう大きな音がし、ギャンギャン言い争っている声がする。 「…という訳なんだから、ほいほいキュルケに着いて行っちゃ駄目よ!わかった!?」 子一時間言い争った後に戻ってきたルイズは、ヴァリエール家とツェルプストー家の歴 史を子一時間、時の君に説明した。 「判った。ところで、自由時間が欲しいんだが。」 「へ!?何突然?たまには休みをくれっていう事?」 脈絡のない申し出に変な声を出してしまった。 「夜は自由時間にして欲しい。ご主人様が寝てからでいいんだが…朝までには戻る。」 「ま、まままさかキュルケの所に…い、いいい言った事が伝わってなかったのかしら!?」 どうりで物分りがいいと思った、何も聞いていなかったらしい。これはお仕置きせねば なるまい。 「違う。私は基本的には睡眠は取らない。ご主人様が寝ている間はどうしても暇なんだ、 部屋の中で術の研究をするわけにもいかないしな。だからこの辺り(ハルケギニア全体)を 見て回ろうかと思ってな。」 「そ、そうなの…ま、まぁいいんじゃない?使い魔の仕事を疎かにしなければかまわない わ。」 勘違いだったらしい。だろうと思っていた、忠実なる使い魔である時の君がキュルケご ときになびくはずはない。 「でも、どこにいくの?この辺(精々、街まで)のことなんて全然知らないでしょう?」 「知らないからこそ、色々見て回らないとな。」 「ふーん。でも、あんまり遠くに行き過ぎて迷子にならないでよね。」 「わかった。」 ルイズの寝息を確認した後、時の君は移動するべく精神を集中させ始めた。妖魔特有の リージョン移動である。一度行った場所なら、リージョン内でもリージョン外でも思うが ままに瞬間移動出来る。もしくは他の妖魔を索敵し、その妖魔の元へ移動するという方法 もある。前に聴いた話だが、この索敵能力のせいで、アセルスも随分苦労したらしい(追 っ手が間断なく攻めてきていた。)。 「さて、どこの妖魔の所へ行くか…」 どうせ知り合いもいないので、適当に妖魔を選んで移動することにした。直後、時の君 の姿は完全にルイズの部屋より消えていた。 ―――ガリア サビエラ村付近――― 時の君が移動した場所は、村外れの紫のヨモギが密集した森の中だった。妖魔が、人間 の敵であるという認識がある以上、不用意にここに住む妖魔の目の前に現れる事は、自分 と同じように人間と共生いている場合、迷惑になる可能性があるという配慮の為、妖魔の いる位置より少し離れた場所へ降り立った。 「…あっちか。」 時の君は、妖魔の気配のする方へ向けて歩き出していった。相手も妖魔である以上、時 の君の存在には気付いているだろう。自分より格下の妖魔の様だし、コンタクトを取って きてもおかしくはない。 「これは、高貴なお方。このような辺境にどういったご用件でしょう?」 やはり、数分歩いた所で声を掛けられた。どうやらここに住む妖魔らしい。ルイズなど よりもはるかに幼い容姿の少女が片膝をついていた。 「お前は、魔法は使えるか?人間が言う所の先住魔法について聴きたい。」 時の君は単刀直入に、用件を伝える。黙々とこなす術の研究に飽きてこの世界に来たよ うなものだが、術とは体系の異なる魔法というものにかなりの興味を抱いていた。 「…はい、わかりました…多少は扱えますので私の知っている範囲でよろしければお答え 致します。」 明らかに格上である妖魔からとは思えない質問に、疑問を抱いている表情をしていたが、 淡々と話しはじめた。 「人間の使う魔法の様に理を曲げるのではなく、自然の理に沿う形で精霊の力を…」 話を聴くにどうやら、術はどちらかといえば人間の使う魔法に近いらしい。人間の使う 魔法と先住魔法とは全く違う物のようだ。 「…という訳ですが、これ以上のことならエルフなどでないと解らないと思います。」 「エルフ?」 「はい、人間の異種族で先住魔法の事では右に出る者はいません。…失礼ですが、貴方様 はどちらからいらっしゃったのでしょう?」 不審は解けなかったのであろう、妖魔は当然の疑問を口にした。 「この世界ではない遠くからだ。」 時の君は、人間の異種族なら、索敵で探し当てることも出来ないな…などと考えていた。 「はぁ…よく判りませんが、とりあえずお食事はお済でしょうか?近くに人間の村があり ます。あまり上等なお食事とは参りませんが、ご案内致します。」 納得はしていないようだが、時の君がこの妖魔より上位に位置するのは間違いないので、 丁重に扱っている様だ。 「食事か…お前は人間と共生しているのか?だとしたら、こんな夜中の来客では不審に思 われるだろう。」 「大丈夫です。確かに人間の振りをして暮らしてはいますが、餌である人間にばれたとし てもまた他の村へ移りますので。ささやかながら、おもてなしをさせて頂きます。」 「…そうか、ではよろしく頼む。」 二人の妖魔は村へと歩いていった。 村に着き、家の中へと案内する。 「ここでお待ちください。今、人間を間引いて来ますので。」 そう言い、外へ出ようとするが呼び止められた。 「待て、その必要は無い。私の餌はお前だ。」 冷たい物言いに、背筋に悪寒が走る。 「ど、どういうことでしょう?何か気に障るような事でも…」 「しいて言えば人間を餌にしている事だ。今は人間の味方でな。」 後退しようとするが、既に後ろは扉だ。恐怖で、扉を開けるという動作が出来ない。 「どうしたんじゃエルザ?何かあったのか?……だ、誰じゃ!?」 村長である白髪の老人が、他の部屋からつながっているドアを開け中に入ってきた。 「も、物取りか!?ま、まさか吸血鬼!!?エルザから離れるんじゃ!!」 老人は、手の近くにあった物を手当たり次第にこの妖魔に向けて投げつけている。 「やめろ、吸血鬼はこいつだろう。」 そう言われ指をさされたが、この老人とは一年近くの付き合いになる。どちらを信じる かと言われれば明白だろう。もう少し時間を稼げば何とかなるかもしれない。 「た、助けておじいちゃん!」 「今、助けてやるからな!エルザ!」 言いながらも、もはや老人の手元には投げる物は無く、後は体当たりをする位しか残っ ていなそうだが、どうやら間に合ったようだ。 「ど、どうしたんですか!?村長!大きな物音がしましたが!」 扉が開き、屈強な大男が部屋の中へと飛び入ってきた。 「おお!アレキサンドル!そいつじゃそいつが吸血鬼じゃ!」 妖魔の視線が村長とアレキサンドルの方へと向けられる。やるならば今しかない。 「枝よ。伸びし木の枝よ。彼の腕をつかみたまえ」 窓を割り外より伸びてきた枝がこの妖魔を拘束する。何故かこの妖魔からは逃げられる 気がしない。位の違いのせいだろうか?ここで確実に仕留めなければならない。 「屍人鬼!そいつを仕留めなさい!」 声を荒げ、元はアレキサンドルと言う名前だったグールに命令する。グールは雄たけびを 上げると、目の色を変え妖魔へと突進していった。 「エ、エルザ!?どういう事なんじゃ!?」 老人が視界の端で狼狽しているが、今、気にしている余裕は無い。 殴られながら観察していたが、どうやら、このアレキサンドルと呼ばれたこの男は死人 の様だ。助けられるものなら助けようと思っていたがどうしようもない。 「秘術《剣》」 三本の魔法剣が寸分違いなくグールの首を切り落とす。グールは腕を振りかぶったまま 床へ崩れ落ちた。 「な、何!?どこから剣が…」 魔法剣は、時の君へ絡みついた枝を切り払うと消滅した。 「逃げられない事は判るだろう?終わりだな。」 時の君がエルザと呼ばれた妖魔との距離を詰めると、エルザが口を開いた。 「なぜです!?私が人間を餌にする事と、人間が食べ物を口にする事は同じ事ではないで すか!それに貴方は同族…」 「今は人間の使い魔でな。人間に仇名す存在なら消さねばなるまい。それに、私が妖魔を 餌にする事と、お前が人間を餌にする事は同じだろう?」 硬直し動けなくなっているエルザへ、いつの間にか握られていた剣を刺す。 「そ、そん、な…」 「人間と妖魔以外ならこの剣に憑依するが、妖魔であるお前は私の生命力になってもらう。」 剣へと向けてエルザが飲み込まれるように消えていき、後には何も残らなかった。 「エ、エルザが吸血鬼じゃったのか…そんな馬鹿な…わしは今までいったい何を…」 残された老人ががっくりと膝をつき、うな垂れている。 「さて、帰るか…」 「あ、あなたも吸血鬼?」 もし、吸血鬼なら、吸血鬼であるはずのエルザをものともしないこの男に勝てる道理な ど、少なくともこの村には存在しないだろう。 「吸血鬼ではないが、妖魔だ。心配せずとも襲いはしない、用件も果たした事だし帰ると する。」 言うが早いか、声をかけようとした時には影も形も無くなっていた。結局、何だったの か…荒れ果てた部屋の中で、ただ老人は考えを纏めようとしていた。 ―――――後日 「あのいじわる姫、お姉さまを吸血鬼と戦わせようなんていじわるにも程があるのね、き ゅいきゅい!」 北花壇騎士七号であるタバサは、従姉妹であるイザベラから受けた命により吸血鬼退治 へと行くことになっていた。人間に比べて高い身体能力を持ち、先住の魔法を使い、血を 吸った相手を一人だけとはいえ屍人鬼として操る、人間とまったく見分けがつかない姿を した妖魔。既に九人のメイジが犠牲になっている。確かに、シルフィードが憤慨している 様に今回の相手は最悪だ。 「お姉さま一人で吸血鬼に立ち向かうなんて無謀なのね、どうせならあの使い魔の妖魔に も手伝ってもらえばよかったのね、きゅい。」 シルフィードには何の返答もしないが、確かにあの未知の魔法は吸血鬼を倒す上で魅力 的ではある。しかし、彼を連れ出すのは難しいだろう。出掛けにも見掛けたが、常にルイ ズと一緒にいる。ルイズと離れて行動する事を由とするだろうか…それに既に、タバサは サビエラ村へ向けシルフィードと共に空を駆けていた。 「まったく、本ばかり読んでないでシルフィの相手もしてほしいのね!」 相変わらず、シルフィードの意見はスルーし、本を読み続ける。何せ、今読んでいる本 は吸血鬼関連の本である。この本を読み込む一秒が明暗を分けるかもしれない、まだ死ぬ 訳にはいかない。 そうこうしている内に、サビエラ村へと到着した。タバサはシルフィードを村から少し 手前の場所へと降下させた。林の中へと降りると、タバサは鞄から衣類を取り出しシルフ ィードへ向けた。 「これを着て。」 「変身しろっていうのね!?しかも布を体につけるなんていやいや!」 シルフィードはその長い首を左右に振るが、タバサは無言で睨みつけている。 「うぅ…終わったら何かご褒美が欲しいのね、きゅい…」 ぶつぶつと文句を言いながらも、詠唱を唱え、見る見るうちに変化していく。 「これを持って。」 そう言い、着替えが終わった所で、タバサはシルフィードに杖を渡すと、スタスタと村 へと歩き出した。 「お姉さま待って、二本足は歩きにくいのね。」 やがて村へ着き、まずは詳しい話を伺うべく、村長の家へと向かうが、何やら村民の反 応がおかしい…吸血鬼退治に来たメイジに希望を見出した様子ではなく、子供を連れて来 たメイジに落胆した様子でもなく、なにやら何故来たんだという様な、困惑したような表 情を一様に取っている。 「な、何なのね?何か様子がおかしいのね…」 遠巻きにしていた村民の中から白髪の老人が走りよって来た。 「こ、これはこれは、貴族様…ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ。」 どうやら村長らしい。案内されるまま、近くの民家へと移動した。 「すみません、ただ今我が家は荒れていまして…」 「何で、村人の様子がおかしいの?何かあったのね?」 メイジの格好をしているシルフィードが、タバサの代わりに問いかける。 「どうやら入れ違いになってしまった様で…なにせここから首都リュティスは遠いのでご 容赦頂きたいのです。」 ふかぶかと礼をされるが、何の事を言っているのかまだ把握できない。 「どういうことなのね!?なんで謝るの?」 「いえ、もう吸血鬼は退治されましたので…」 思いもよらぬ返答に、タバサは思わず口を出した。 「誰に退治されたの?」 あの従姉妹がこんな手の込んだいたずらをするとは思えない。という事は、本当に入れ 違いになって誰かに倒されたということだろうか? 「それが…妖魔が現れまして…」 村長の言うところによると、突如現れた妖魔が、村長と共に暮らしていた吸血鬼とこの 家に住んでいた屍人鬼を一撃の元に倒し、また何処かへ消え去ったという。 「それで、この家に住むマゼンタというばあさんの事を、重い病気で部屋から出られない ものですから、前から皆が疑っておりましてな…もし、あの妖魔が来なければ、無実のこ のばあさんが吸血鬼に仕立て上げられていたかもしれませんのじゃ。息子は残念な事にな りましたが…」 しかも、吸血鬼を倒すだけでなく、村人の命まで間接的に救っていったらしい。どこの 勇者だ。 「エルザが突然消えただけでは吸血鬼に攫われたのだと勘違いをしていたかもしれません、 それも計算していたんでしょうかのう…私の目の前でエルザを退治したのは…同じ妖魔で も力の差は歴然でした。突然何も無い所から剣が出てきたのには驚きました。」 タバサは学園ヘ向けシルフィードの背に乗り、移動していた。 「おかしい。」 「何がおかしいのね?でも、吸血鬼と戦わなくてよかったのね!きゅいきゅい!」 もはやシルフィードの言葉は耳にも入っていない。…妖魔…突如現れる剣…この符号を ただの偶然だといえるだろうか?しかし、村長の話を聴くに、妖魔が現れたのは三日前だ という。三日前といえば、決闘騒ぎの日であり、そして次の日もちゃんと学園にいたはず だ。 「やはり、興味深い。」 どう考えても、距離的におかしいので、確定したわけではないが、どうもあの使い魔な ような気がする。学園に戻ったら確認してみようか… タバサとシルフィードは月夜を移動していく。 前ページ次ページ時の使い魔
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メイドを召喚したと馬鹿にされた。 そのメイドが、メイドらしい仕事と言える仕事が全くできず馬鹿にされ。 そのメイドがどうやら人ならざるもの……ゴーレムらしき存在であることを彼女の口から伝えられた時は、 それはそれは喜んだものだが、よくよく考えてみるとメイドのゴーレムなどあまり褒められたものでは ないのではなかろうか。 いくら精巧に人間に似せて作られたところで、このゴーレムは所詮召使いをするためだけに作られた物。 それも、召使いとしての性能は皆無と言える。 これではなんの価値も無い、とまでは言えないが、実益は全くありはしないではないか。 それに気付いた私は、酷く落胆した。 授業中、他の生徒達に馬鹿にされた私は、とうとう頭にきてしまった。 そして、使い魔のメイドに言ってしまったのだ。 私は後悔した。 彼女に言った台詞を、私はとても後悔した。 「もう! アンタ、あいつらをなんとか黙らせなさいよ! なんかないの? こう、特技とか……」 「命令をご確認します。目標の沈黙。命令に間違いは無いでしょうか?」 「えッ。あ、アンタ、なんかできるのッ?」 「命令に間違いはないでしょうか?」 「え、ええ。やっちゃってちょうだいッ。下手な芸だったら許さな――――」 「了解しました。命令を実行します」 惨劇。 メイドが両腕を水平に掲げたと思ったら、間も無くけたたましい銃声。 原理は全くわからない。 ただ、とてつもなく高速、そして連続に発砲されているのはわかった。辛うじて。 机を、壁を、窓を、そして生徒を。 全て銃弾は打ち抜いた。 やっとこ紡ぎ出した、私の制止を求める声を聞いて、彼女は攻撃を中止してくれた。 銃撃の止んだ教室は、呻き声と泣き声と悲鳴で埋め尽くされていた。 死人が出なかったのは、本当に奇跡だと思う。 あれで謹慎で済んだのだから、それこそ本当に奇跡だと思う。 ああ、本当に思い出したく無い出来事だ。 しかしその後の彼女の活躍は目覚しいものだった。 盗賊の繰り出した巨大なゴーレムを、掌から放つ光線でバラバラにしたり、 傭兵達からの容赦ない攻撃から、身を挺して私を庇ってくれたり、 スクウェアクラスのメイジと対峙し、なんと勝利をもぎ取ってしまったのだ。 今、私はコルベール先生と共に、技術者をしている。 先の戦乱で、私のことを守るために奮起した彼女は、遂に破壊されてしまった。 そして彼女の左手に刻まれたルーンは、跡形も無く消滅してしまった。 しかし、彼女は私にとって永遠に唯一の使い魔である。 彼女をこの手で再び目覚めさせること。 このことに、私の残りの人生の全て捧げようと思う。 彼女は私にその身全てを捧げて、私を守ってくれたのだから。 そして、できることならば。 できることなら、蘇った彼女が再び戦場へ向かうことが無いように、 彼女の持つ姿に相応しい、本来の仕事を与えてやりたい。 メイドとしての仕事を、きっちり教え込んでやりたい。 茶汲みの一つもできなかった彼女に、徹底的に教え込んでやりたい。 ルイズがレイドバスターを召喚したようですッ おわりッ